東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

アン・ジェフン監督と片渕須直監督が語る、
「現実を描く術」としてのアニメーション
――「夢見るコリア・アニメーション」『にわか雨』上映後トークショーレポート「マンガ・アニメ3.0」編集部

アニメーションと五感

 横田氏はさらに、アン監督の用いる細やかな動きが、視覚以外の「五感」にも訴えかけてくると指摘する。片渕監督も同意を示し、「男の子の家で火が焚かれて煙が燻っているシーンでは、実際にその煙の香りがするとともに、自分の喉がいがらっぽいような感じがしました」と付け加えた。
 それについてアン監督は、「偶然何かが映り込む実写映画と違い、アニメーションは画面のすべてを統御しなければならないので、心を込めて香りが漂ってくるような絵作りをした」と、アニメーター陣の功績だと答える。そのうえで「片渕監督の作品を観たとき、たとえば台所から匂いが漂ってくるような感じがしまして、これが日本の匂いなのかなと思いました。ここには、韓国や日本のアニメーターが作品に向かい合うときに、どれだけの心を込めているかが表れていると思います」と続けた。

 

 また絵を描く際に意識する「五感」として、アン監督は「音」も挙げる。「たとえばアニメートした映像に録音室で音を付けてみると、うまく合わないということがよく起こります。ですので、絵を描くときには音のテンポを念頭に置くようにしています」と述べ、さらに「片渕監督の作品からも、人が歩いているときの音などを通して、作品の雰囲気やそこで表現されているものを強く感じることがあります」と再び両者の共通性を語った。

片渕須直監督(左)、アン・ジェフン監督(中央)

異なる世代を繋ぐものとしてのアニメーション


 音に関連して、片渕監督は『にわか雨』における「セリフ」についても言及。「時々発する言葉にものすごい空気感が感じられる。あんなに言葉が少ないのに存在感があるのには本当に感動を覚えます」と激賞した。
 『にわか雨』はセリフがほとんど用いられていない作品だ。そもそも原作に会話文がコピー用紙1枚分程度しかなく、アニメーション化には非常に苦労したとアン監督は振り返る。しかし、セリフを加えようとはまったく思わなかったという。「私が韓国短編文学のアニメーション化に取り組んでいるのは、韓国にはこうした素晴らしい文学があり素晴らしい作家がいるということを、韓国の方々に思い出してもらうためであり、また海外の方にもそのことを知ってもらうためです。新たにセリフを加えるのではなく、足りない部分は仕草や背景といったほかのもので補っていくという作り方をしています。私は『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)を観て以来、原作を書いた浅田次郎のファンになりまして、それからほとんどの作品を読んでいます。同じように、私の映像をきっかけに韓国の文学に触れてもらえれば思っています」。
 アニメーションをきっかけとして、若い世代に古い韓国文学に触れてほしいという願いは、原作をきっかけとして、韓国文学に親しんだ上の世代にアニメーションという馴染みのない表現に触れてほしいというそれと表裏一体だろう。異なる世代が、互いにとって馴染み深いものを共有するきっかけとしてのアニメーション化――。

 

 アン監督がアニメーション化した韓国短編小説のほとんどは、岩波文庫の『朝鮮短篇小説選』に邦訳が収録されている。黄順元の『にわか雨』も、素人社の『愛の韓国童話集』で読むことができる。
 またアン監督は現在、オリジナル長編アニメーション『千年の同行 살아오름 천년의 동행 (仮題)』、および韓国名作文学シリーズ第5作目として金東里の小説『巫女図 무녀도』(1936)のアニメーション化も進めているという。

 

文:高瀬康司、野村崇明

 

アン・ジェフン(Ahn Jaehoon)
1992年にアニメーターとしてキャリアをスタートさせ、『ヒッチコックのある一日』(1998)、『純粋な喜び』(2000)などのオリジナル短編、『アニメ 冬のソナタ』(2009)など商業作品の演出を経験。2011年に初の劇場用長編『大切な日の夢』が公開され、日本をはじめ世界各国で上映される。現在、 韓国短編文学アニメーション『巫女図』と、オリジナル長編『千年の同行(仮題)』を準備中。制作スタジオ「鉛筆で瞑想」主宰。


片渕須直(かたぶち・すなお)
1960年生。アニメーション映画監督。監督作として、長編『アリーテ姫』(2001)、『マイマイ新子と千年の魔法』(2009)など。日常生活の機微から戦時中の生活を描いた『この世界の片隅に』(2016)は、いくつもの映画祭等で実写映画を上回る評価を受けた。日本大学芸術学部特任教授として後進の育成も行う。

東アジア文化都市2019豊島 パートナーシップ事業として「韓国アニメーション上映会 夢見るコリア・アニメーション2019」(主催:韓国インディペンデント・アニメーション協会[KIAFA]、株式会社フリッカ)が開催された。
7月27日(土) 「韓国アニメーション上映会 夢見るコリア・アニメーション2019

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