東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

(駆け出しの)プロデューサーにとってのアヌシー
アニメーション映画祭の、とある一側面土居伸彰

 世界のアニメーションフェスティバルでも、最も長い歴史を持つアヌシー国際アニメーション映画祭。華やかなコンペティション部門については、メディアの報道などを通じて聞いたことのある人が少なくないかもしれない。2017年の長編部門で、湯浅政明監督作『夜明け告げるルーのうた』がグランプリにあたるクリスタル賞を受賞したことは記憶に新しいだろう。
 そうした完成作品が競い合う表舞台に対して、今回取り上げるのは、新たな作品を生み出すための裏舞台――「MIFA Pitch」である。ピッチのような企画開発段階の新作の売り込みの場は、観客やもとよりジャーナリストからもその光景は見えづらい。そこで今回は、マンガ・アニメ部門事業ディレクターである土居伸彰に、プロデューサーという立場から見えてきたアヌシーの景色を、実体験を交えつつ紹介してもらった。土居伸彰+水江未来対談(前編後編)の続編としてもお読みいただきたい。

(編集部)


 

アヌシー、アーティストのためだけではない映画祭

 


 世界最大のアニメーション映画祭、アヌシー。毎年6月に開催されるこの映画祭は、年々規模を拡大し、世界中のアニメーション関係者にとって最重要のイベントのひとつになりつつある。


 他のアニメーション映画祭とアヌシーは、いったい何が違うのか? アニメーション映画祭は、マーケット以外の価値基準でアニメーションを評価することをひとつの目的として生まれ、アーティストのための場所として発展を遂げてきた。


 そんななか、アヌシーはアーティスト「以外」にもアニメーション映画祭を開くことをいち早く行った。作家、ジャーナリスト、プロデューサー、バイヤー……アヌシーは現在、参加者によって経験するものが異なる映画祭となっている。そして、複数の体験を許すからこそ、アニメーション映画祭のなかで一強状態になっている。様々な立場の人々が、それぞれの必然性に基づき、映画祭を訪れることを可能にするからだ。

 

 本稿は、先日公開された筆者と水江未来氏との対談「21世紀初頭の日本における インディペンデント・アニメーションシーンはどうなっていたのか――土居伸彰が語る、Animations・CALF・ニューディアーでの体験」の補稿のようなものである。この対談の最後、筆者は海外映画祭に「アーティスト」としてのみ参加することへの行き詰まりと、それに伴う新たな活動モデルの模索の必要性について語ったが、本稿は、そのひとつの「答え」として、プロデューサーとして参加する映画祭の姿について、その一端をお伝えしようとするものである。

 

 筆者は、2009年以来、ほぼ毎年アヌシーに参加している。つまり今年で10年の月日が経過しているわけだが、その間、様々な役割でこの映画祭を楽しんできた。ジャーナリスト的な立場(研究者・批評家)から始まり、アニメーション映画祭シーンの関係者(日本のインディペンデント作品を中心とするプログラマー・キュレーター、さらには自身の映画祭(新千歳空港国際アニメーション映画祭)のための作品発掘およびネットワーキング)、さらには海外作品の日本でのディストリビューターと次第に役割を変えながら(正確に言えばこれら複数の役割を背負いながら)、現在は駆け出しのプロデューサーという新たな視点を追加しつつある。それによって見えてきたのは、大々的に語られることの少ない映画祭の役割である――既に完成した作品を評価し讃える場としてではなく、新たな作品を生み出すための場としてのアニメーション映画祭の姿である。

Annecy Aftermovie(2019年のアヌシー映画祭のダイジェスト映像)

 

コンペティションと見本市ーーアヌシーの表舞台

 


 完成した作品にとっての映画祭、そのメインは、映画祭の花形でもあるコンペティションだ。世界中から応募されたアニメーション作品が、映画祭が組織する選考委員の一次審査を経て選ばれ、大会期間中に上映され、外部から呼ばれた審査員たちが賞を決定、授与する。アヌシーであれば、長編部門(一般部門と、実験的・革新的な試みをしている作品が対象のコントラシャン部門)、短編部門(一般部門と、実験映画を対象とするオフリミッツ部門)、卒業作品部門、テレビ&依頼作品部門、VR部門と、作品の尺と性質に従ってコンペティションはいくつかの部門に分けられ、審査される。作家たちそして一般の観客にとっての映画祭は、この部分がメインとなるだろう。

 

 コンペティション以外でも、特別上映部門がある。映画祭が設定したテーマに従って、様々な上映プログラムが用意される。アヌシーであれば毎年どこかの国や地域がフィーチャーされ、今年は日本だった。(来年はアフリカ大陸である。)他にも、特定のテーマに基づくプログラム(今年は料理)があったり、過去の名作を上映する「アヌシークラシックス」があったりする。展示も積極的に行われるが、これもまた、アーティストが中心にいるプログラムとして分類できるだろう。

 

 一方で、アーティスト以外のアニメーション関係者にとってのアヌシーというものがある。たとえばプロデューサーなど、産業を支える人たちにとってのアヌシーは、MIFAという名前の見本市と重なり合う。上映のメイン会場はボンリューという市営のホールだが、MIFAはそこから湖沿いに20分ほど歩いたインペリアルパレスというホテルで行われる。ホテルの敷地内に仮設のプレハブが立てられ、スタジオや学校、もしくは国・地域がそれぞれブースを持ち、自らの活動を紹介する。世界中のアニメーション関係者が集まるまたとない機会ゆえ、活発にミーティングも行われる。様々なテーマに沿ったカンファレンスも組まれる。

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