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メディアの変遷から見た「声優」の成り立ち
――声優史概論小林翔

 「声優」という職業への注目が続く中、しかし「声優」をめぐる基礎的な歴史は十分には共有されているとは言い難いだろう。声優はいつどのように生まれ、どういった歴史的・文化的背景のもと現在のような活躍があるのか。
 大学院で声優の研究を行っている小林翔氏に、「声優ブーム」と「メディア」という観点から、通時的に声優史の概要を追うとともに、各時代ごとの特性をコンパクトにまとめてもらった。声優という職業の変遷はもとより、現代のキャラクター文化やアニメーションの音声表現を考えるためのサブテキストとしてもお読みいただきたい。

(編集部)

 

はじめに――声優のテレビ出演という状況

 

 2000年代以降、歌番組やバラエティ番組への声優の出演が増加している。象徴的な事例が、声優・水樹奈々 1 のNHK紅白歌合戦への出場であろう。2009年に発売された彼女の音楽アルバム『Ultimate Diamond』はオリコン週間チャートで1位を獲得し、同年初出場を果たした紅白歌合戦では同作収録の「深愛」を披露した。声優の紅白出場は初めての事例であり、水樹は2014年まで2年連続出場を果たしている。 2

 

 「将来、日本の“声優史”を振り返った場合、水樹奈々氏を境に時代がくっきりと分かれたことに気付くだろう」という言葉は、同じく2014年、水樹が前年発売のライブDVDで芸術選奨新人賞を受けた際の贈賞理由だが、名実ともに日本を代表する声優である彼女への評価は、歌手活動へのそれが多くを占めている。

 

 また、「紅白」のような特別番組のみならず、2016年の大河ドラマ『真田丸』では、ベテラン声優の高木渉 3 が主人公・真田信繁の義兄である小山田茂誠役として継続的に出演し話題を集めた。テレビ朝日系列の「くりぃむくいず ミラクル9」でも、しばしば声優が解答者として出演している。バラエティ番組に登場する声優はしばしば自身の代表作であるアニメ・ゲームなどでの配役が重ねて紹介され、作品の顔・広報としての側面も兼ね備えている。

 

 このように、声優による歌手業やタレント業といった、他芸能分野への進出が恒常化して久しい。キャラクターに声を吹き込むという形で、裏方として活躍してきた元来の声優に対して、この種の活動に積極的な若手声優はしばしば「アイドル声優」と呼ばれ、多数のファンを集める疑似アイドル的な人気を獲得している者も珍しくない。水樹の活躍に代表される2010年前後の声優の躍進を第4次声優ブームと呼ぶことがあり、近年は第5次声優ブームに突入したという向きもある。

 

 こうした、アイドル声優に代表される歌手・タレントとしての声優が支持を集める状況は、いつどのように生じたのだろうか。本稿では、現在までに幾度か起こってきた「声優ブーム」と、その時代に声優が活躍していたメディアに焦点を当てる形で、声優の歴史を紐解いていくことを目指す。過去の声優ブームとの比較から、連続性・非連続性をみていくことで、声優を取り巻く現状の理解を深めていきたい。

 

ラジオドラマの時代――声優前史(1925~1950’s)

 

 日本において声優はいつ頃誕生したのだろうか。その直接的な起源は、1920年代当時の新興メディアであったラジオ放送に求めることができる。

 

 自身の声を中心に架空のキャラクターを演じるという面では、落語や講談といった「話芸」も近接領域としては注目に値する。しかし、落語家や講談師は公衆の面前に自身の身体を晒し、その身体を駆使して芸を披露するという点では声優と一線を画している。声のみを演技の構成要素として提供する役者としての声優の位置付けを考えてみよう。

 

 1925年7月のラジオ本放送の開始以降、NHKは聴取率の増加と放送プログラムの拡充を急務としていた。両者を同時に満たす一手が娯楽番組の制作であり、当時の大衆娯楽である浪曲、落語、歌舞伎などの中継放送や、サイレント映画のせりふ朗読といった番組が盛んに放送されていた。

 

 そうした中で新興メディアであるラジオ独自の表現を追求しようと、NHKは「ラヂオ劇」(以下、ラジオドラマと表記する)と題して声劇の放送を行うようになる。同年8月13日に放送された『炭鉱の中』では、「明かりを消してください」というナレーションが聴衆に崩落した炭鉱という舞台を意識させ、巧みな効果音を駆使した作劇は新たな劇形式の可能性を示唆したという。

 

 散発的に制作されるラジオドラマは落語や歌舞伎に比肩するほどの人気を獲得し、NHKはラジオドラマ専門の俳優育成に乗り出すこととなる。最初の契機は、1925年9月に公募された「ラジオドラマ研究生」である。研究生たちはラジオドラマ専門の俳優として1年の育成期間を与えられ、結果的に後世に名を残すことはなかったものの、セリフの発声・演技の指導、声楽家による指導など、今日の声優養成と遜色ない指導が行われており、ラジオドラマに対する高い専門性を希求していたことが伺える。

 

 現代に続く大きな動きとしては、1941年に設立された東京放送劇団俳優養成所にも触れておこう。出身者は東京放送劇団の第1期生となり、その後も加藤みどり 4 や黒柳徹子ら、今日でも活躍する声優・タレントを多数輩出している。また、東京放送劇団設立と連動する形で、NHKは日本放送芸能協会を設立し、同劇団の他、系列各局の楽団・合唱団などを傘下に収めている。協会所属の俳優や演奏家は「芸能員」と呼ばれ、無制限出演という契約ながらも月給制で雇用された。この「芸能員」として雇用された俳優は、今日の声優のはしりといえる。ただし、ラジオドラマ俳優全体に占める芸能員の割合は一部に留まり、NHKと関係の深い舞台俳優が多くを占めた。

 

 「ラジオ放送」が声優の誕生に寄与したのは、音声メディアであったという特性の他にも、1)ラジオを専門領域とする俳優の育成をNHKが促進した、2)専属の劇団員として月給制による雇用が行われた、という2点によるところが大きいと考えられる。

 

 しかし、こうした公的な職業支援は、今日のタレント的な声優のあり方と断絶したものである。そこにはメディアの遷移が大きく影響している。

  • 1 『魔法少女リリカルなのは』フェイト役、『ハートキャッチプリキュア』花咲つぼみ/キュアブロッサム役などで知られる。人気アニメとタイアップした「ETERNAL BLAZE」「Synchrogazer」などの楽曲も高い人気を誇る。
  • 2 同時代的なトピックとして、動画サイトへの転載によって広まり、エンディングアニメーションにおけるダンスシーンの模倣が一世を風靡した『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディングテーマ「ハレ晴レユカイ」や、出演声優を組分けした複数の歌唱バージョンを7か月連続で発売し、オリコンのヒットチャート上位を狙うファン活動も話題となった、『魔法先生ネギま!』の主題歌「ハッピー☆マテリアル」など、声優の手掛けるキャラクターソングがヒットチャートに進出し始めたという点も指摘しておく。
  • 3 『機動新世紀ガンダムX』ガロード役や『名探偵コナン』高木刑事役など。テレビドラマへの出演は『真田丸』が初であり、その後も継続的に俳優業を行っている。
  • 4 「大改造!劇的ビフォーアフター」のナレーションや『サザエさん』のフグ田サザエ役で有名。

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