東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

「グルメマンガ」の世界
――“豊食”と“飽食”の日本を記録したメディア旨井旬一

 マンガはどのように新たな分野や場所にアプローチしてきたのか? どのようにそのポテンシャルを広げてきたのか? 「マンガは拡張する」シリーズ(DOTPLACE)を連載する「マンガナイト」(代表:山内康裕)執筆陣が、多様な角度から考察する。
 第3弾は「「グルメマンガ」の世界――“豊食”と“飽食”の日本を記録したメディア」だ。「グルメマンガ」というジャンルがいつ生まれ、どのように確立していったのか、その変遷を作品、そして流通の観点から、グルメマンガのコレクターの顔も持つ旨井旬一が考察する。

(山内)

 

一生分、4万食の物語がここに

 

 「グルメマンガ」と呼ばれる作品は、現在までに4000冊以上出版されている。ジャンル別に作品を分類している大手マンガサイト「コミックシーモア」には、2019年8月末時点で「料理・グルメ」に1016タイトル(少年、青年、少女、女性の合計)の登録がある。

 

 タイトル数は全体の5万5703のうち2%。とはいえ、4000冊に各10食が掲載されているとして、約4万食の“経験”ができる。一生で自由な食事は20歳から60歳までとすれば、365日×3回×40年で4万3800回。実に、もう一回分の人生を味わえる訳だ。

 

 グルメマンガをメジャーに押し上げたのは、新聞社の文化部を舞台として食の課題を探る『美味しんぼ』(小学館、雁屋哲:作、花咲アキラ:画)で異論はないことだろう。1983年の連載開始後、86年に同作品で完成を目指す「究極のメニュー」から、「究極」が新語・流行語大賞の金賞に輝いた。折しもバブル景気のスタートとされる年のことで、まさに日本ではかつてないほど贅沢で豊かな食を堪能する火付け役となった。

 

 一方、2019年10月にはグルメマンガ『孤独のグルメ』(扶桑社、久住昌之:作、谷口ジロー:画)を原作とした、テレビドラマの新シリーズが始まることがニュースになった。12年から第8シーズンとなるロングランの基となった連載開始は、25年前に遡る。

 

 1994年から96年までの連載は、91年のバブル崩壊からの回復の時期に当たる。こちらは主人公の個人輸入商が、立ち寄った店でひとり、変わったメニューや量の心配、仕事の対応などさまざまな思いに駆られながら、ひたすら食事を味わう作品だ。

 

 2000年に文庫化されてじわじわと売れ行きを拡大。08年に新作の掲載が始まると、グルメマンガ全体の認知度も高めることとなった。

 

 食べることは楽しみである一方で、生きるため寂しく食に向き合うこともある。グルメマンガを読み解いていくことで、その時代の空気や文化を知ることもできるのだ。

 

 本稿の前半では、グルメマンガが今なお盛り上がるまでにどのような道をたどったのかを、販売網の観点から示す。後半は名作が生まれてきた背景に欠かせない原作者との関係と、グルメマンガならではの視点を持った作品を紹介する(以下、かっこ内の作者名は敬称略)。

 

コンビニコミックの専門誌という“発明”

 

 現在のグルメマンガの一翼を担うのは、主にコンビニが販路となっている、ペーパーバックの専門誌(コンビニコミック)だ。1冊500円程度で、コンビニで食事を買う消費者をターゲットに、“ついで買い”を見込んだものだ。

 

 グルメマンガのペーパーバックは1999年に小学館が始めたコンビニ向けのB6判「My First BIG」シリーズで発売された『美味しんぼ』に端を発する。同シリーズはまさに、コンビニで弁当と飲み物を合わせても1000円ほどで買える手軽さを狙っている。

 

 1話~数話で完結、1冊で1テーマ、どこから読んでも面白いなど、今なお続くフォーマットを確立した。雑誌ほどスペースを取らず、落ち着いた装丁は手に取りやすい。

 

 新たに文字で追加されたうんちくのページは、当時流行した『トリビアの泉』や、『うんちく王』といったテレビ番組の影響もあって定着していった。

 

 一方で同時期、長編ものを復刻版という形で1冊350ページと分厚い、B6判のタイトルも登場。特徴的なものに、『食キング』(日本文芸社、土山しげる:著)と『一本包丁満太郎』(集英社、ビッグ錠:著)がある。

 

 連載物は、1度購読が途切れてしまうと続きは手に取らなくなってしまう。コンビニコミックの良さは、気軽に読みたい時に手に取れることだが、残念ながら長編連載物の分厚いペーパーバックは幅をとるためか、多くても1店に3冊ほどの入荷に限られることもあり、人気がある作品ほど続けて買いそろえるのは難しい。

 

 そもそも完結まで発売される保証もなく、何らかの形で続きが手に入らなくなるケースが複数想定される。

 

 ただ、『食キング』は、主人公が立て直しを請け負う店舗ごとに内容を分割し、巻数を付けずに単体でも読めるように編集されていた。特定の巻を買い逃すこともなく、アンコール販売(再販)もされていた。

 

 売れ行きは非常に良かったと見られ、2009年には続編の『極食キング』を目玉とした、B5判の雑誌『食漫』が創刊となる。しかし、雑誌としてしまったことで他のマンガ誌に埋もれてしまうことになり、連続して購入することが気軽にできなくなるという手間が発生。意欲的な挑戦はわずか1年半で20冊を発行するにとどまった。

 

 実はこの動きの前に、2007年に登場したB6判の『食の鉄人たち』(双葉社)というペーパーバックの読み切りグルメマンガ誌がある。こちらも人情寿司マンガ『音やん』(双葉社、中村博文:著)のコンビニコミックが人気となり、新作連載の形でスタートしたものだ。しかし、11年に13冊で発行が止まっている。

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