東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

中国におけるインディペンデント・アニメーションの状況はどうなっているのか
――新世代の個人作家たちとそれを育む新しい環境チェン・シー監督インタビュー

 周知の通り、現在の中国ではアニメーション産業が大きな盛り上がりを見せている。
 その一方で、リュウ・ジアン監督作『HAVE A NICE DAY』が「アヌシー国際アニメーション映画祭」への出品を中国政府からの圧力で取り下げられるなど物議を醸したり、スン・シュン監督のような現代美術の分野で活躍する作家の存在が目立ち始めたりと、個人制作をベースとするインディペンデント・アニメーションの分野においても、かつてない多様化の時代を迎えている。
 チェン・シー監督もまた、2010年の「広島国際アニメーションフェスティバル」で国際審査員賞を受賞した『冬至』を皮切りに、世界中の映画祭で評価を受けるようになった要注目の個人作家だ。また彼はアニメーションだけでなく、インディペンデント・コミックの分野でも着々と成果を上げており、加えて北京電影学院で後進の指導に励んだり、「中国インディペンデント・アニメーション・フィルム・フォーラム(CIAFF)」のキュレーターを担当したりと、中国のアニメーションをめぐる環境整備にも深く関わるキーパーソンでもある。
 そんなチェン・シー監督に、今の中国の状況はどのように見えているのだろうか。東アジア文化都市2019豊島のために来日した中国のインディペンデント・アニメーション界を代表する存在に、話を聞いた。

聞き手:土居伸彰、構成:高瀬康司、高橋克則

新たなアニメーションの世界へと通じる扉

――今回は中国のインディペンデント・アニメーションの状況についてお話をおうかがいできればと思います。まずはじめにチェン・シー監督の経歴の確認ですが、北京電影学院でアニメーションを学ばれ、卒業後にTVアニメーションを手がけられるようになった?

 

 いえ、実は大学の学部生時代はアニメーションとは何の関係もない、マネジメント(経営)を専攻していました。絵は個人的な趣味で描いていただけでしたが、それが高じて、大学卒業後にTVアニメーションの現場に入り、その後に北京電影学院の大学院へ入学したのです。イーゴリ・コヴァリョフの作品に衝撃を受けてからというもの、ここ10年以上、短編アニメーション作品の制作を精力的に行っています。

 

――そして今は、創作活動と並行して同学院で教員を務められている。

 

 はい。北京電影学院は中国で唯一の映画を専門とする大学です。そのため映像に関する講義がメインなのですが、内容は映画産業向けに偏っているため、アニメーションに対する学生たちの関心も商業作品にしか向いておらず、視野が非常に狭いと感じることが多々あります。
 大学での講義は、シナリオとマンガのほか、作品鑑賞も担当しているのですが、後者ではそうした現状を打破するため、多様性のあるインディペンデント・アニメーションの魅力を伝える内容にしています。商業とは異なる手法によって生まれた作品の力強さをもっと知ってもらいたい、新たなアニメーションの世界へと通じる扉のような役割を果たしたいと思いながら、日々学生たちと向き合っています。

 

――マンガの講義もされているとのことですが、チェン・シー監督はアニメーションだけでなくマンガの創作もされているんですよね?

 

 はい、ただし一般流通はしていない、インディペンデント・コミックです。今の中国では、インディペンデント・アニメーションと同じくインディペンデント・コミックに関心を寄せる若者がとても増えています。作風としてはヨーロッパからの影響が色濃いものが多いのですが、アニメーション同様、発展途上にある、大きな可能性をはらんだ芸術分野だと思います。

 

中国でのアニメーションの隆盛を支えた背景

――中国ではここ10年、チェン・シー監督をはじめ、レイ・レイ監督やワン・ハイヤン監督、リュウ・ジアン監督など、個人作家のアニメーションが国際的な評価を得るという状況が続いています。その理由はなんだとお考えですか?

 

 中国は文化大革命が終わった1980年代から、欧米を始めとする海外作品に対しても、少しずつではありますが開放的になってきました。今では経済的な発展の影響もあって、海外の大学で学んだり、国際映画祭で作品を発表したりできる環境が整ったという理由が大きいと思います。
 また中国の教育は極めて伝統的であって、歴史的に正解とされている一つの方法論しか教えない傾向にありますが、海外で多様性を認める教育を受けたり、そうした作品に触れたりすることを通じて、「こんな手法を試してもいいのか」と学生たちの意識もチャレンジングな方向へ変わっていき、多彩なスタイルの作品を次々と送り出せる土壌が生まれたのだと思います。
 特に古い世代の人間は一度過去を捨てて変化に対応しなければなりませんが、若い世代は海外のアニメーションからの影響を自然に受け入れることができます。それは言うなれば、世界と直接繋がった作品を生み出せるということですから、そのことが現在の中国におけるインディペンデント・アニメーションの隆盛にも繋がっているはずです。
 ほか、海外の優れたアニメーションに手軽に触れられる環境が整ってきたことも大きな要因でしょう。以前は海外の映画祭へ行く必要がありましたが、現在はbilibiliやYoukuなどの動画サイトを通じて、家にいながら世界のアニメーションを観ることができるようになりました。

 

――中国では商業的なアニメーションの市場も急成長を遂げています。その状況を、インディペンデント・アニメーション作家たちはどう見ているのでしょうか。

 

 確かに30年前に比べると一般の人々のアニメーションについての認識も大きく変化しました。それまでは子ども向けのメディアとしか思われていなかったのが、現在ではアニメーションという表現でしか伝えられないことがあるという考えが広まり、それが中国における商業アニメーションの急成長を支えた大きな理由の一つだと思います。
 またその結果、商業作品だけでなく、インディペンデント・アニメーションに興味を持つ観客も増えてきました。アニメーションの多様性が受け入れられるようになったことは、商業・インディペンデントを問わず、業界全体によい影響を与えたと考えています。
 リュウ・ジアン監督の『HAVE A NICE DAY』(2017)のように、少人数で制作した長編が生まれたことも、アニメーションの新たな可能性を示した事例となるでしょう。ただし彼の作品は非常に特殊で、賛否両論が入り交じる状況になっています。中国の映画市場でも理解できない人たちはまだまだ大勢います。ただ今後も、インディペンデント作家がアニメーション表現の新しい可能性を切り開いていくという状況は続いていくと思います。

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