東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

アニメーション“撮影”2019(後編)
――二大話題作の撮影監督が解説する、その基礎と魅力泉津井陽一+津田涼介 対談

 アニメの「撮影」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。アニメは絵なのに、なぜ撮影なのか、という疑問はもっともなものだ。しかし、そうしたわかりにくさに反して、近年のアニメーション表現において「撮影」は、作品の最終ルックを決定付け映像演出の点でも重要な役割を担うセクションとして、その存在感を増している。たとえば新海誠監督のあの独特の映像美は、撮影の力によるところが非常に大きいものだ。
 撮影とは何なのか。黎明期のアニメーション制作スタジオを舞台として大きな注目を集めた連続テレビ小説『なつぞら』アニメーションパートの撮影監督・泉津井陽一氏と、2019年のアニメーション映画で最も話題を呼んだ作品である『天気の子』の撮影監督・津田涼介氏。今年最も多くの観客に愛されたアニメーション作品を支えた撮影監督二人の対談を通じて、アニメの撮影の基礎から現在まで、具体的な事例とともにその魅力に迫った。(前編に続く)この後編では、『天気の子』と『なつぞら』をテーマにお届けする。

聞き手・構成:高瀬康司

『天気の子』の世界の秘密


――津田さんは『天気の子』(2019)でも撮影監督を務められました。新海誠監督が撮影監督を人に任せるのははじめてのことですよね。


津田 そうですね。『天気の子』で撮影監督になったのは、『君の名は。』(2016)に参加した延長線上の成り行きではあるのですが、とても光栄なことでした。もともと学生時代に新海監督の『ほしのこえ』(2002)を観て衝撃を受けて、『雲のむこう、約束の場所』(2004)や『秒速5センチメートル』(2007)の撮影処理に惹かれてもいたんですね。あの独特の映像感覚の秘密を知りたいなと、最初は『君の名は。』のときに、先に現場に入っていた福澤(瞳)さんに紹介してもらい参加させていただきました。

津田涼介氏


――実際に新海監督の作品に関わられていかがでしたか?


津田 あの映像感覚の秘密は、光も含めた色使いにあるなと感じましたね。『君の名は。』のときは、各撮影スタッフの横に新海監督がついて、「これはこういう色がいいですね」「ここはこう調整をしたいですね」という指示があり、それをもとに調整するという形で、撮影段階での色変えをかなり大胆にやっていたんです。


泉津井 そこはジブリとも一面では近いですね。ジブリでは、色彩設計の基本色があったうえで、カットごと個別に色指定をするんですよ。背景が上がってきたら、それにあわせて1カットずつ配色を決めていく。ただ、新海監督は撮影の段階で色をいじるのに対して、ジブリでは色彩設計の保田道世さんが決めた色から無断では絶対に変えてはいけない。その点は対極です。


津田 色味は撮影処理によっても大きく変化するので、フィルターがかかった状態でないと色を決める意味がない、だから最後の段階で細かく調整したい、というスタンスなんだと思います。


泉津井 その意味では、実写でカラーグレーディングをやっている感覚に近いのかもしれませんね。


津田 そうですね。でも別途カラーグレーディングの工程を作るのではなく、撮影の段階でレイヤーごとに細かく調整したいということなのかなと。
 ただ『天気の子』は約1700カットあって、全体のスケジュール的にもその方法は無理でしたし、新海監督も今作はディレクターとして、プロダクションの領域はスタッフになるべく任せたいというスタンスだったので、助監督・色彩設計の三木陽子さんがほぼほぼ全カットの色の調整を担当していました。


泉津井 そもそも撮影スタッフは色を見るスペシャリストではないわけですからね。その意味で、撮影にも理解のある専門スタッフが立つのはいいと思います。


津田 新海監督はツールとしては一緒にやれるんだからやればいい、という感覚なんだと思います。一般的なテレビアニメの現場は、週ベースで量産しなければいけないので、セクションごとに責任の所在が明確にされていますよね。だから前の工程の上がりのクオリティについては、ほかからは口を出せないところがある。でも新海監督は個人作家出身ということもあってか、もちろん配慮はしてくださるんですが、生産ライン的な割り切りはしないところが特徴的だと思います。


泉津井 僕らは基本的に、セクションをまたいだ越権行為は避けますけど、新海監督は出自的にも感覚が違うんでしょうね。
 ちなみに、『天気の子』に関しては、僕もミサワホームのタイアップCMで撮影をやっているんです。スタジオコロリドさんが制作、新井陽次郎さんが演出で、新規カットは作画・美術・撮影ともすべてCM用に一から作っています。ただ今回特殊だったのは、本編カットのあいだに、背景美術だけ渡されて作った、作画と撮影の新規カットを挟む必要があった点で……祈る陽菜の次に挟まる穂高のアップがそれです。単にこのクオリティで作るだけでも難しいのに、本編と違和感なく繋げるのには苦労しましたね。
 そもそもCMオリジナルのカットと言っても、クライアントからのオーダーもありますし、キャクターや世界観は作品のものですから、新海監督の雰囲気も大事にしないといけない。かといって直接打ち合わせができるわけでもなく、公開前なので参考にできるのは一部サンプル映像だけだったという点はとても大変でした。ただ後日、コロリドさん経由で、新海監督も納得しているとのお話を伝え聞いたので、そこは少し安心したところです。

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