東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

(駆け出しの)プロデューサーにとってのアヌシー
アニメーション映画祭の、とある一側面土居伸彰

 

作品を作るための映画祭――MIFA Pitches

 

 映画祭本体と見本市(MIFA)……今回書いてみたいのは、こういった「表舞台」ではない部分、その一端である。それは、作品を作るためのプロセスに、映画祭がいかなる役割を果たしているのかということだ。具体的には「MIFA Pitches」というプログラムについて紹介したい。

 

 MIFA Pitchは、企画開発段階にある新作のアイデアについて発表し(その行為を「ピッチ」という)、本制作に入るためのサポートを求めていく場である。作品が完成する前の状態にフォーカスを当てるプログラムとしては、映画祭本体に「WIP(ワーク・イン・プログレス)」という枠がある。今年も日本からは『天気の子』のWIPプログラムが川村元気プロデューサーの登壇で行われるなどした。一方でピッチは、完成が迫る作品のプロモーションの色合いも強いWIPとは違う。ピッチされるプロジェクトは、制作がそもそも本決定していない。つまり、ピッチされたからといって、それが実際に作られるかどうかは定かではなく、お蔵入りになる可能性ももちろんある。

 

 MIFA Pitchは、コンペティションのかたちで行われる。一般的なコンペティションのように完成した作品を応募するのではなく、「企画」を応募するのである。応募者は自分たちが作ろうとする作品のフォーマットに応じて、短編、長編、シリーズ、インタラクティブと分かれたそれぞれの部門に、企画書やビジュアル素材などを提出する。そのなかから選ばれた数プロジェクトだけが、本祭中に企画のプレゼンテーションを行うことができる。つまり、「企画としての強さ」が試される場所ということである。

 

 MIFA Pitchのような場所で企画が選ばれるということは、「面白い企画であることのお墨付きをもらった」とみなされるということでもある。しかし、選考についてはおそらく、企画の面白さだけで純粋に決まるわけではないとも推測される。監督の過去の功績や知名度、応募の主体となるスタジオの経歴も考慮されているのは間違いない。この点において、映画祭で評価されることの現実的な効果がわかる。映画祭での上映歴・受賞歴は、新作を作るにあたり、その出資を求めていく際に、様々な立場の出資者たち(ときにはアニメーションのことなどなにも知らない人たちもいるだろう)に対し、客観的な指標として機能するのだ。ピッチにおいては、「企画の面白さ」×「監督の経歴」×「スタジオ=プロデューサーの実績」(予算集めも含めきちんと作品を完成に導けるかどうかはスタジオ=プロデューサーの手腕にかかっている)が評価のポイントになるということだ。

 

MIFA Pitchesに採択されると何が起こるのか?

 


 さて、ここからは実際の体験談である。筆者は冠木佐和子監督の新作短編『I'm Late』の企画を、昨年のMIFA Pitchの短編カテゴリーでピッチした。冠木佐和子は多摩美術大学グラフィックデザイン学科出身の作家である。エロティックかつ過激なモチーフを、カラフルな色彩を用い、ダイナミックに変容するアニメーションで表現していく作家で、その独特な作風が学生時代から国際的に極めて高い評価を得ている。大学院の修了制作『夏のゲロは冬の肴』は、日本人としては初めて学生部門の最優秀賞を受賞した。その際のセンセーショナルな受賞スピーチも含め、アヌシーでも名が知られている。

 

 『I’m Late』は、さまざまな人に同じトピックでインタビューをし、その映像をロトスコープ(実写をトレースすることでアニメーションを作る)する作品だ。インタビューのテーマは「生理」。男性には「彼女の生理が遅れたときの気持ち」、女性には「自分の生理が遅れたときの気持ち」を聞くことで、現代に生きる人たちの性に対する考えや死生観を浮かび上がらせようと試みる作品だ。筆者は本作の日本側のプロデューサーを担当している。

 

冠木佐和子『I’m Late』©MIYU Productions/New Deer/Sawako Kabuki

 

 MIFA Pitchesへの応募自体は、フランスのMIYUプロダクションに行ってもらった。MIYUは、いまフランスで最も注目されているスタジオのひとつである。スタジオの歴史は10年と短いが、なかなか攻めた企画を立てることで有名で(現在制作中の企画のなかでは村上春樹原作として初のアニメーションとなる長編作品『Blind Willow, Sleeping Woman』もある)、そんなスタジオだからこそ、多少「過激な」冠木佐和子の新作のアイデアを気に入ってくれたのである。MIYUには、本プロジェクトのフランス側のプロデューサーを担当してもらう。

 

 MIFA Pitchesについては、以前、別の作家の別の企画で、日本から単独で応募してみたことがあったのだが、そのときは落とされてしまった。その後いろいろな仕組みや現実を理解するなかで、この手のピッチに応募するときは、ヨーロッパのスタジオと組むことが重要だということがわかり、今回はこのような日仏共同製作の座組を作ったのである。なぜヨーロッパのスタジオと組んだほうがいいかといえば、作品を完成させるための財源の獲得を考えると、それしかほぼ道がないからだ。(これはまた別の大きな話題となってしまうので今回は詳細を避けるが)ヨーロッパで盛んな短編製作は、そのほぼすべての製作費を、国・地域の補助金で賄うことで行われるケースが多い。そして、補助金は、現地を拠点に活動しているスタジオにしか開かれていない場合がほとんどだ。それゆえに、短編製作を行う際には、ヨーロッパの財源にリーチできるスタジオと組むことが現実的な策になってくるのだ。

 

 おそらく、日本人の短編作家に最も足りていないのは、この「スタジオと組む」というプロセスである。ヨーロッパの作家たちは基本的に、新作のアイデアがあれば、それを企画書などにまとめてプロデューサーにプレゼンをしにいく。(もしくは、プロデューサーのほうから自分が仕事をしたい作家に対し、一緒に組まないかとオファーをかける場合もある。)そして、実は、その門戸は非ヨーロッパ圏の作家たちにも開かれている。スタジオの国籍は気にする助成金も、監督の国籍については気にしないケースが多いのである。

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