東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

(駆け出しの)プロデューサーにとってのアヌシー
アニメーション映画祭の、とある一側面土居伸彰

 

ピッチだけではない、豪華で現実的なサポート体制

 

 さて、ピッチの本題に戻ると、それぞれの入選者に与えられるプレゼンの時間は10分と事前に知らされていた。事前にMIYUと話し合い、日本側のプロデューサーである自分がまずプロジェクトの概要と作家の紹介を3分話し、その後冠木監督が作品のコンセプトや制作意図などつっこんだことを4分、最後にMIYUのプロデューサーが日仏で組む理由や予算・制作計画など現実的な部分を残り3分で話す構成で行くことにした。

 

 MIFA Pitchは、かなり豪華な制度であった。10分間のプレゼンだけで全部が終わるわけではないのである。たとえば、事前のリハーサルを兼ねた「Meet the Experts」という名前の2時間のグループセッションがその前日に行われる。モデレーターのもとに長編やシリーズも含め様々なカテゴリの入選者が5-6組ずつ集められる。入選者たちは自分たちのプロジェクトについて紹介し、互いの企画にコメントしあう。モデレーターからも活発にコメントが飛び、このディスカッションを通じて、自分たちのプロジェクトの「強み」がだんだんとわかってくるようになる。当日の聴衆も同じくアニメーション関係者であるわけで、どういうところに力点を置けばプロジェクトの魅力が伝わるようになるのかが、肌感覚として掴めるのである。

 

 グループセッションだけではない。「Meet the Funds」というセッションにも、ピッチの入選者は招待される。大きな部屋には机が20個ほど並び、そのそれぞれには、ヨーロッパの様々な国・地域でアニメーション制作に対して出資や補助をするファンドの担当者が座っている。1時間半のうちに、参加者たちはその人たちと自由にしゃべっていい。参加者は自分の企画をプレゼンし、ファンド側は自分たちの組織のスキームや、出資・補助の制度を説明する。制作者と将来的な資金提供者とのマッチングイベントなのである。これはもちろん、MIFA Pitchに選ばれた人しか参加できないエクスクルーシブな場所である。

 

 実際のプレゼンテーションは、インペリアルパレスの大きなホールを使って、映画祭の参加者たちも参加できるかたちで行われる。300席近い席は開場と同時にあっという間に埋まる。将来の話題作についていち早く知れるこの場は、実は隠れた人気プログラムなのである。

 

 MIFA Pitchesにはいくつかの賞が用意されている。賞を与えるのは映画祭ではなく、テレビ局やレジデンス施設など製作をサポートする組織である。つまり、受賞がそのまま本制作のスタートを可能にするシステムになっているのである。少し拍子抜けしてしまったのは、プレゼンの結果で賞が左右されるわけではなく、賞は事前に決まっているということである。プレゼンが始まる前に、その企画に賞を与える団体が受賞理由を述べ、プレゼンはそこからスタートする。

 

 しかしそれでも、プレゼンをしっかりと行うことが重要である。完成時に「この映画祭がこの企画を育てた/自分たちはこの作品の誕生を目撃した」という空気を作ってくれる観客たちを味方につけることが重要だし、なによりも客席には将来的に一緒に仕事をするかもしれない様々な関係者が密度高くいる。賞の選定に参加していない出資者も多くいる。(実際、プレゼン後にはいくつかのミーティングの申し込みがあった。)

 

ピッチの後で――ヨーロッパとの国際共同製作の可能性

 

 『I'm Late』はThe Animation Workshop賞を受賞した。制作資金として4000ユーロに加え、デンマークにあるレジデンス施設で滞在制作ができるという副賞がついてくる。The Animation Workshop(TAW)はデンマークのヴィボーにあるアニメーション(およびイラストレーションやゲームも含めたビジュアルストーリーテリング)の教育機関で、世界的にも有数の施設である。駆け出しのスタジオのインキュベーション施設や世界中のアーティストに開かれたレジデンスも併設されており、日本人も多くお世話になっている。TAW自体が別のトピックとして取り上げる必要のある場所なので今回は詳細な説明を省くが、今回の受賞によって『I'm Late』は本格的な制作のスタートが確約されることになったわけだ。

 

 制作費4000ユーロはあまりにも心許ないと思われるだろうが、フランスのスタジオと組むことによって(そしてMIFAでピッチを行い受賞することによって)、さらに資金を獲得できる可能性が高まっていく。ヨーロッパで作られる短編作品の予算は(関わるスタッフの数によってかなり幅があるのだが)最終的に5万~50万ユーロに落ち着くことが多いようだ。インディペンデントの実写であれば長編が一本取れてしまうのではないか? という額になる可能性もあるということだ。短編作品がこれだけの予算で作られるということに驚く人も多いのではないか。日本単独でやるだけだととても考えられない規模である。ヨーロッパでのアニメーション製作のファンディングについては、また別に語るべきトピックなのでここでは深追いしないが、なかなか面白いシステムができあがっているのだ。また、ピッチのイベントが行われているのはアヌシーだけではない。長編やシリーズであれば、ヨーロッパには「Cartoon」というピッチセッション専用のイベントがあり、アヌシーよりもそちらの方が重要だとみなされている。筆者は実はそこでも日仏共同製作のプロジェクトにてプレゼンをしているのだが、CartoonはCartoonでまた別に項を割くべきトピックなのでまた別の機会にでも…

 

 以上が、プロデューサーにとってのアヌシーの一端である。アヌシーがここまで巨大になったのは、アニメーション映画祭が本来対象としていたアーティスト以外にとっても重要な場所となっているからである。今回の記事によって、映画祭の知られざる機能の一端を知ってもらえたら嬉しい。日本人にとっては、個人作家の短編だけではなく商業的な長編にとってもこの場所は活用できるという実感も得た。なので、筆者以外の関係者も積極的に活用してみたらよいのではないだろうかとも思う。

 

土居伸彰(どい・のぶあき)
アニメーション研究・評論・プロデュース。ニューディアー代表、新千歳空港国際アニメーション映画祭フェスティバル・ディレクター。ユーリー・ノルシュテインについての研究をベースに、配給・イベント企画運営・執筆・講演などさまざまなかたちでインディペンデント・アニメーションの振興にかかわる活動を行う。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』『21世紀のアニメーションがわかる本』(ともにフィルムアート社)。東アジア文化都市2019豊島ではマンガ・アニメ部門の事業ディレクターを務める。

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