東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

知られざる中国アニメーション史(前編)
――中国人研究者が語る、動漫、万兄弟、現代の課題陳龑インタビュー

 近年、大きな盛り上がりを見せつつある中国のアニメーション・シーン。しかし、その存在感の高まりに比して、中国アニメーション史に関する知見は、日本ではほとんど知られていない状態にある。中国のアニメーションは歴史的にどのような発展を遂げ、日本とどのような関係を取り結び、そして歴史研究はどのような状況にあるのか。

 そこで今回は、北京大学を卒業後、日本に留学し東京大学大学院でアニメーション史を研究中の陳龑さんに、中国アニメーション史・研究の最前線についてお話をうかがった。この前編では、「動漫」や中国アニメーション史の概略を解説していただく。

聞き手:高瀬康司、土居伸彰、構成:高瀬康司、高橋克則

「動漫」とは何か


――陳龑さんは現在、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コースの博士課程で「中国アニメーション史」を研究されています。今回は研究内容の紹介を通じて、日本ではあまり知られていない中国アニメーション史についてお話をうかがえればと思います。それではまずはじめに、陳さんの簡単なプロフィールからうかがえるでしょうか。日本に留学された経緯というのは?


 中国の北京大学を卒業後、東京大学の大学院でアニメーション史を研究するために、2010年に来日しました。でも勉強をしたいからというより、日本で生活をしてみたかったから、という理由のほうが大きかったですね(笑)。子どもの頃から、アニメやマンガに親しんできたので、日本の日常生活に憧れがあったんです。来日する前には「日本でやりたいことリスト」も作っていて、「学園生活を体験してみたい」「巫女さんのバイトをやってみたい」「アニメの聖地巡礼をしてみたい」「浴衣で花火大会に行ってみたい」等々……今ではほぼ全部クリアしています(笑)。


――子どもの頃はどのようにアニメに触れていたのでしょうか?


 私は1988年生まれなのですが、中国では「80後」と呼ばれる世代に属しています。この世代の特徴の一つは、中国の「美術片」(芸術アニメーション)と日本のアニメ・マンガの両方を楽しみながら育ってきた点です。まず中国で日本のアニメが見られるようになったのは1980年前後になってからのことで、同時期にマンガも入ってきました。80年代はまだライセンスものではありませんでしたが、90年代後半からだんだんと日本の出版社と正式に契約を結んだものも出始める中で、日常的にアニメ・マンガに親しんできました。


――その後、中国のアニメーション史を研究しようと思った理由は?


 もともとは「字幕なしで日本のアニメを観たい!」という思いから日本語の勉強を始めたのですが(笑)、研究活動に関しては、その当時、中国のアニメをめぐる状況の変化に疑問を感じたから、というのが大きいです。というのも、00年代後半の中国では、質の高い「美術片」がなくなり、面白い日本アニメの放送も政府により制限された一方、中国で作られた「日本アニメの模倣品」が横行していたんですね。なぜこんな状態になってしまったのか、その理由を知りたい、という気持ちが動機の一つでした。またもう一つ、「動漫」という言葉への疑問も入り口になっています。


――「動漫」とは、中国におけるアニメ・マンガの総称ですよね。それに対する疑問というのは?


 中国で「動漫」という言葉が生まれたのは1990年代後半で、日本のアニメ・マンガを紹介する情報誌などの普及とともに広まりました。なので、私も子どもの頃は日本発祥の言葉かと思っていたのですが、日本語を勉強してみると「動漫」なんて言葉は存在していないことに気づくわけですね。特に中国では、アニメやマンガだけでなく、ゲームもイラストも、キャラクター文化全般を指して「動漫」と呼んでいます。しかも日本であれば、歴史的にアニメはマンガから派生していったのに対して、なぜ中国では「動」が「漫」の先に置かれているのか、そしていくつかある類語の中でなぜ「動漫」という言葉が使われ続けているのか――この言葉の背景に、中国におけるアニメ・マンガの受容に関する重要な秘密が隠されているのではないかと思ったんです。
 実際、十分な先行研究がない中、調査や関係者への取材を独自に進めていった結果、「動漫」という言葉には、日本のアニメ・マンガをめぐる受容の問題だけではなく、中国におけるアニメ・マンガの発展史、生産システム、そしてイデオロギーの問題が深く関わっていることが見えてきました。その詳細は現在執筆中の博士論文を読んでいただきたいのですが、そうやってだんだんと、「動漫」の概念研究や歴史研究、つまりアニメーション史そのものへの関心が開けていったんです。


――ちなみに、「動漫」はアニメ・マンガに留まらないキャラクター文化全般を意味するというお話でしたが、いわゆる「オタク文化」という意味で受け取っていいのでしょうか?


 そうですね、「動漫産業」を訳すのであれば、「オタク産業」が最も近いと思います。あるいは「メディアミックス」と言ってもいいかもしれません。


――そうであるならば、そもそも「動漫」や「ACG」などの造語ではなく、日本語の「オタク」に由来する言葉が生まれてもおかしくないように思うのですが。


 「オタク」を漢字にすると「宅」ですよね。でも中国で「宅人」というと、家から外に出たくない人、つまり「ひきこもり」のようなイメージで受け止められてしまうんですよ。また「宅人」にはアニメ・マンガとは無関係な人も含まれるので、一緒にしてもらっては困ると、別の言葉が求められたんだと思います。

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