東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

知られざる中国アニメーション史(前編)
――中国人研究者が語る、動漫、万兄弟、現代の課題陳龑インタビュー


中国におけるアニメーションの生存戦略


――ここからは、陳さんのご専門である「中国のアニメーション史」についてうかがわせてください。日本ではほぼ知られていない分野なため、基礎的なところからうかがえればと思うのですが。


 では、まず全体を概観すると、中国アニメーションの草創期は日本とほぼ同時期で、1910年代には上海を中心に海外アニメーションが実写映画と併映されていて、1920年代には国産アニメーションの制作がスタート、1930年代には最初の最盛期を迎えます。実写映画のクレジットや特殊効果、挿入エピソードなどで広く使われたり、フライシャー兄弟やディズニーを模倣した娯楽短編や、国策として作られたプロパガンダアニメーションもありました。

 その後、中国初=アジア初の長編アニメーション『西遊記 鉄扇公主の巻』(1941)が万兄弟(ばんきょうだい)によって作られる一方、1945年にもう一人のキーパーソンとなる日本人の持永只仁さんが満州で活躍をはじめ、その下で最初の人材が育っていきます(※編注:特偉監督との交流など、2019年に生誕100年を迎えた持永只仁監督に関する研究は、近く別記事にて紹介予定です)。

 また1957年には上海美術映画製作所が設立されます。当初は国営だったため、お金を稼ぐことは考えずに、時間がかかっても優れたアニメーション作品を生み出せばいい、という恵まれた状況にありました。その結果、水墨アニメーション、折り紙アニメーション、切り紙アニメーション、人形アニメーションなど民族色が強く、芸術性も高い作品が大量に生み出されます。『おたまじゃくしが母さんを探す』(1962)、『大暴れ孫悟空』(1964)、『ナーザの大暴れ』(1979)などは、海外の映画祭でも注目を浴びた代表作です。

 その後、1980年代に中国が社会主義市場経済に移行したため、上海美映も民営化されますが、私が子どもの頃はまだ、質の高いアニメーションが作られていました。たとえば特偉(トク・イ)監督が手がけた映画『琴と少年』(1988)や、TVアニメ『黒猫警長』(1984-87)などが代表的です。

 しかし1995年にアニメが完全に市場化されると、膨大なコストのかかる「美術片」が作れなくなります。またTVアニメも、日本アニメを模倣しただけの質の低い作品が増えていきました。さらにその後、中国政府が日本のアニメを脅威と考えて、2004年からテレビのゴールデンタイムでは流せなくします。そのうえで、もっと質の高い国産アニメーションを作らせようと、補助金を出し始めるのですが、その結果、制作費を抑えて補助金だけで儲けを出そうとする制作会社が続出して、ひどい作品がより一層あふれ返る事態になってしまいました。

 現に中国は2008年、日本を超えて、年間で世界で最も大量のアニメーションを制作した国になっています。2010年には、日本の3倍ほどの量のアニメーションを作っていたんですよ。ニュースでは「中国はアニメーション大国になった」と宣伝されましたが、それらの作品は視聴者に観せるためではなく、作るだけで補助金で稼げるから、という理由で粗製乱造されていただけです。実際、2014年に補助金政策が廃止されるや否や、アニメの制作本数は日本が1位に戻りました(笑)。


――一瞬で制作本数が三分の一以下になったわけですね(笑)。現在はどうなっているのでしょうか。


 今はきちんとしたアニメーションを作ろうとしているスタジオも増えてきています。中国と日本の優れた作品を観て育った私たちの世代が製作・制作側に回ったということもあります。ただ、中国のアニメーションは日本とは異なり、ストーリーよりも表現を重視する傾向が強いんですね。上海美映の伝統がありますし、中国では今、伝統文化がとても重視されているので、アニメーションでも民話や童話など皆がすでに知っている話にささやかなアレンジを加えたものが主流です。もちろん一部優れた作品もありますが、TVで大量に流れているもの、特に子ども向けの中には少ないですね。私たちの『京劇猫』は例外的な作品です(笑)。

 政府による検閲とも関係しています。アニメは映画やドラマと比べれば緩いとはいえ、タイムリープなど禁止された題材がたくさんあるうえ、制作時は問題のない内容であっても、検閲の方針転換によって突然NGになることも珍しくありません。だから政府公認の古典から選んだほうが安全だろう、という判断が働いているわけです。幸い長い歴史がありますから、物語を選ぶのに苦労はしませんしね(笑)。古典が題材であれば、うまくいけば民族的な作品として、国家から奨励金をもらえる可能性もあります。それが中国におけるアニメーションの生存戦略なんです。


後編へつづく】

 

聞き手:高瀬康司、土居伸彰、構成:高瀬康司、高橋克則

 

陳龑(Yanner Chen)
1988年、北京生。2010年、北京大学ジャーナリズム&コミュニケーション学部卒業。北京大学在学中、「眼児」というペンネームでイラストエッセイを2冊出版する。2010年に来日し、2013年、東京大学大学院総合文化研究科にて修士号を取得。現在、同博士課程に在籍中。2012~14年の3年間、朝日新聞社国際本部中国語チームでコラムを執筆し、中国語圏へ向けて日本のアニメ・マンガ文化に関する情報を発信。また、日中アニメーション交流史をテーマとしたドキュメンタリーシリーズを中国天津テレビ局とともに制作。現在は研究活動の傍ら、中国の「動漫」会社で『京劇猫』や『阿狸』などのコンテンツ企画やキャラクタービジネスに関わる。

本記事に関連して、東アジア文化都市2019豊島 パートナーシップ事業として人形アニメーション作家、持永只仁と川本喜八郎のイベント(主催:NPO法人としま NPO推進協議会)が開催される。
8月1日(木)〜7日(水) 「川本喜八郎人形展 ふたつの三国志 項羽と劉邦
9月16日(月祝) 「持永只仁と、川本喜八郎 映画上映会&シンポジウム

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