東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

マンガを「学び」のツールに
――フランスにおけるマンガ事情レポート2019山口文子

マンガブームの背景にアニメあり

 

 フランスでのマンガブームの下地ができたのは、1978年におきた日本アニメのブームによる。当時はまだフランスのテレビは2~3チャンネルしかなく、かつ子供向け番組は夕方17~18時か、水曜日(当時の小学校がない日)だけだったという。そんなときアニメの『UFOロボ グレンダイザー』(永井豪)と『キャンディ・キャンディ』(いがらしゆみこ)が放映され、子供たちから絶大な支持を集めた。特にSFというジャンルは目新しく、『UFOロボ グレンダイザー』は『ゴルドラック』というフランス版タイトルで、未だにカルト的な人気を誇っている。子供たちがこぞってテレビを占拠し、視聴率100%を叩き出したという逸話もあるほどだ。

 

 その当時は「マンガ」という言葉も概念もなかったため、日本アニメファンの子供たちは、フランスの出版社が日本のアニメの設定を踏襲して作ったB.D.を追いかけた。90年代初頭になってようやく日本のマンガがフランス語訳で紹介され始め、現在はアニメで火が付けば、日本の原作マンガを翻訳版で読む、というヒットの流れができている。アニメで成功することが、マンガ作品の成功に直結しているともいえる。

 

※当時フランスで作られていたB.D.。資料提供フレデリック氏。

 

 フランスにおけるマンガ・アニメを筆頭とした日本ポップカルチャーの祭典「Japan Expo(ジャパンエキスポ)」は、ご存じの方も多いだろう。このJapan Expoの創立者である、ジャン-フランソワ・デュフール氏、サンドリーヌ・デュフール氏、トマ・シルデ氏の3名もまた、80~90年代の日本アニメのブームに大きな影響を受けて育った人物だ。原作のマンガや、日本という国自体にも興味を抱くようになり、やがてフランスで同じ思いを抱く仲間たちと日本文化への情熱を共有したいという想いから同人誌を出版する。この情熱は止まるところを知らず、前身となるイベント開催を経て、2000年にJapan Expoが誕生した。

 

 第1回目の来場者は約3200人であったが、記念すべき20回目でもある今年2019年は、過去最大の25万人もの動員が予想されていた(7月4日~7日にパリ近郊で開催。現時点で来場者数の発表はまだ)。

 

 エッフェル塔が登場する『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の冒頭映像が上映されたことで日本でも話題になったが、フランス国内でのJapan Expoの知名度も大変なもの。主要日刊紙のひとつ「Le Monde(ル・モンド)」でもJapan Expo20回記念に合わせて「私たちのカルトマンガ20」と題し、独自にマンガを選定・紹介したほどだ。

 

 日本アニメ・マンガファンの小さなコミュニティから産まれたイベントが、2019年の今やヨーロッパ最大級の日本イベントとして不動の地位を確立したように、マンガ・アニメそのものもフランス社会に自然と溶け込んでいるといって過言ではない。

 

 ちなみに今日のフランスには、アニメを放映しているテレビ番組はない。だがアニメを紹介する大きな役割を担うチャンネルが現れた。Netflixだ。

 

 2019年初め、1984年に開局したフランスの有料民間テレビ局Canal+(カナルプリュス)の加入者数が、急成長しているNetFlixの加入者数に抜かれたと報道された(Canal+は475.7万人、NetFlixは500万人超)。Netflixは国ごとに配信作品が異なるが、フランスでも旧作新作含め幅広く日本のアニメを紹介している。Netflixで初めてアニメを見たという人も多く、フランスにおけるアニメファンの拡大と裾野の広がりが期待できそうだ。

 

マンガと学び

 

 日本とフランスの国交180年にあたる昨年は、「ジャポニズム2018」と題し、パリを中心に日本の文化・芸術を紹介する大規模な催しが立て続けに開催された。そのなかのひとつに、「MANGA⇔TOKYO」展がある。マンガはもちろんのこと、アニメ、ゲーム、特撮、街中のキャラクター、さらには絵馬にいたるまで、日本ではお目にかかれないようなバラエティに富んだ展示であった。

 

 公式サイトでは、展示の趣旨を「都市〈東京〉を映し出してきた日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮作品と、それらフィクションを注入された現実の〈東京〉の、複合的体験を提供する企画展示」と説明していたことからもわかるように、「MANGA」という概念に日本のポップカルチャーを代表させている。それは現在のフランス人の一般的感覚に沿っていると感じられる。

 

 「MANGA好き」というフランス人が実はマンガを読んだ経験はなく、実際はアニメファンだったということが度々あるように、フランスでは「MANGA」という言葉は多義性を持ち始め、今や紙媒体のマンガを指すだけではなくなりつつあるようだ。

 

 この企画展ではマンガやアニメといったフィクションが、東京というリアルな街からどのように影響を受けてきたか、またその逆のベクトルについても検証していくことが大きなテーマとなっていたが、最も印象的だったのは「マンガを通じて東京(日本)の歴史を学ぶ」という「学習」要素が強い展示であったことだ。

 

 メインパートでは、江戸時代から現在までをいくつかの時代毎に、その時々の歴史や文化、習慣が伝わる作品を展示。同時に渋谷、新宿、秋葉原などの各都市毎に、街の空気や日常を象徴するような作品が紹介され、徹底してフィクション(マンガ)とリアル(東京)に結び付けていく試みがなされていた。

 

 例えば、江戸期として取り上げられたマンガ作品のひとつ『陽だまりの樹』(手塚治虫)では、作中人物が参勤交代で江戸城に向かうシーンを紹介し、「参勤交代という制度は何か」を、「江戸のマンガ」である浮世絵と合わせてパネルにして解説し、現在の東京のどこに「江戸城」があったかを地図で示す、などが行われた。

 

 「MANGA⇔TOKYO」展の会場には、小学校中学年くらいのグループから、高校・専門校らしい学生たちまで、何組もの団体が課外事業として訪れていた。教科書で学んでいたら退屈してしまいそうな内容でも、しっかりパネルに目を通している。「マンガ」という入口があってこそ、興味をもって学べるのではないだろうか。

 

 若者向けの楽しくてポップな展示を想像して訪れたのだが、マンガを「学び」のツールとして活用していく可能性を再確認できる企画であった。

 

 「学び」といえば、フランスの国民教育省が小・中学生向けに定める推奨図書の最新リストに〈B.D.〉の項目があり、以下5作品のマンガも含まれている。

 

― cycle 2 (サイクル2: 6 – 8 歳)2018年版

1.『チーズスイートホーム』こなみかなた(7~8歳向け)
2.『こっこさん』こうの史代(8歳向け)
3.『光年の森』谷口ジロー(8歳向け)
※推薦図書の〈B.D.〉29作品中、マンガは3作品


― cycle 4 (サイクル4:12 - 14 歳)2017年版

4.『絢爛たるグランドセーヌ 1 』Cuvie (12歳向け)
5.『遥かな町へ』谷口ジロー(14歳向け)
※推薦図書の〈B.D.〉20作品中、マンガは2作品

 

 サイクル4の中学生向けとなると、その作品をどういった観点で読むべきか、注目すべきキーワードなども細かく設定されている。

 

 例えば『絢爛たるグランドセーヌ 1』では、バレエに魅了された少女・奏が、バレエ教室に通い始め成長していく姿が描かれるが、この作品の「文学的論点」は「他者との関係性(家族、友達、人脈)」であり、より具体的には「集団内で、または集団に対抗して、自律を獲得することの意味と難しさを自問すること」という。子供たちにマンガのストーリーを追うだけではなく、深い考察を促していることがわかる。

 

 合わせて「文章が少ないので、読者が苦手でも勇気付けられる。しかし右から左に読むマンガ形式を覚えなければならない」という手引きもある。確かにB.D.は左から右に読むもので、フランスで出版されているマンガは、翻訳と同時にB.D.形式に合わせて再編集されているものも多い。強引にいえば、右から左へと展開する「日本のマンガという文化」も学べるわけだ。

 

 ちなみに、閲覧できる推薦図書の過去リストからマンガ作品数を拾い上げてみると以下の通りになった。

 

― cycle 2
・2007年版:0
・2013年版:1(『こっこさん』こうの史代)

 

― cycle 3(サイクル3: 9 – 11歳)
・2004年版:0
・2007年版:0
・2013年版:0

 

 cycle 4の過去リストには当たれなかったが、2013年版で1作品、それ以前は皆無だったことを考えると、やはりこの数年でマンガがメジャーになったという実感がもてる。推薦図書となれば、図書館に並ぶ確率は格段に上がるだろう。親が子供たちにマンガを買い与える可能性があがる、というのも実は大切なことだ。小さい頃からマンガに触れるためには、親の理解がなければ難しい。

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