東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

マンガを「学び」のツールに
――フランスにおけるマンガ事情レポート2019山口文子

選書の難しさ

 

 その親の目に悪い意味で止まってしまった作品もある。実はcycle 3・2018年版リストには『魔法の山』(谷口ジロー)も入っていたのだが、保護者から「児童ポルノ的な描写ではないか」と指摘があり、推薦図書としては「不適切」と削除されたのだ。

 

 物語は、主人公の健一が少年時代に過ごした山のふもとの城下町での思い出を回顧する形で始まる。父を亡くし、母親も病身で手術を控え、妹と祖父母宅に預けられた健一。辛い状況のなか言葉を話せる不思議なサンショウウオに出会うというファンタジー要素と、シンプルなストーリーラインで、子供向きと判断されたのかもしれない。素直な心と人を想う勇気の大切さを描いた作品であり、さりげなく都市開発の問題を提議し、自然との共存という視点も盛り込んでいる。

 

 問題となった箇所は、大人たち(おじさんたち)が子供に「こわい噂」をするシーン。子供たちの遊び場である、城跡の石垣にある古い抜け穴には子供の性器を喜ぶ「吸いつき婆」が住んでいるという。

 

 それはあくまで、大人たちが子供をからかうという体で語られ、具体的な性的描写示があるわけではない。昔の田舎町の、大人と子供が交じって軽口をたたいていた雰囲気や、子供たちが歴史ある暗く深い穴に抱く畏怖を、その土地の風俗を交えて描いてみせたともいえるだろう。ポルノ目的で描かれたわけでないことは明らかだが、国民教育省は「私たちのミスだ」と非を認めたのである。

 

 それを含めれば、推薦図書として選ばれていたマンガ6作品のうちの3作が谷口ジローのマンガだったということになる。彼の作品がいかにフランスで認められ信頼を置かれているかがわかるだろう。もともと谷口ジローの作品はB.D.に通じる絵の描写の細やかさとリアルさがあり、フランス人にとっても読みやすいのだという。フランスの書店でオススメの日本のマンガについてインタビューして回った際、とある書店員が「初めてマンガを読む人には、谷口ジローを薦めている」とも語っていた。

 

 本人も「フランスと私」(『ふらんす』2011年11月号)というエッセイのなかで「1970年代前半から、僕はフランスを中心とするヨーロッパの漫画文化であるB.D.(Bande dessinée)に興味を持っていた。〔中略〕大手書店の洋書部を通して海の向こうからわざわざ取り寄せていたほどである」と言い、特に芸術的な作風で「B.D.の神様」と名高いメビウスについては「ベタ塗りを効果的に使った立体的で奥行きのある絵を何度も真似して描いたものだ。彼の画風から受けた影響は大きい」と明記している。ここに谷口ジローとフランス・B.D.の相思相愛ともいえる幸福な関係の鍵があると言えるだろう。2011年にはフランス政府から芸術文化勲章の「シュバリエ」が授与されており、亡くなった際にはフランスの多くのメディアが報道した。

 

 推薦図書から、この『魔法の山』を削除した措置に対しては賛否両論あるようだ。しかし「谷口ジローなら間違いない」という安心感が、選定段階でのチェックの甘さに繋がったのではないかという想像は容易にできる。

 

結びに

 

 今日のフランスで「マンガ」といえば誰にでも通じる。大型書店のマンガコーナーでは「Shonen(少年マンガ)」「Seinen(青年マンガ)」「Shozyo(少女マンガ)」「Zyosei(女性=レディースコミック)」など、日本のマンガのジャンル分けに対応して棚が作られていたりする。「Yaoi(やおい)」「Hentai(エロ/アダルトマンガ)」まで並んでいるところもある。

 

※B.D.専門店「Album」の少年マンガの棚

 

 フランスにおける日本のマンガ文化は成熟期といえそうだが、一方で、マンガを読んだことがない人もまだまだ多い。「マンガ」と聞いて、戦闘アクション系をイメージして敬遠する人、目が大きくてデフォルメされた絵が苦手、と思い込んでいる人もいる。

 

 今までマンガを手に取ることがなかった人たちにアプローチしていくためには、フランス人に響きやすいメッセージや新しい切り口を見出すことも大切だ。

 

 フランス人は議論好きとして有名だが、それにも関連して「知りたい」、「学びたい」という知識欲が高い国民性のように感じる。日本の水族館を訪れたフランス人から「魚はきれいだけど、ここでは学べないね」と言われて驚いたことがある。

 

 2018年6月のアンケート調査によると「文化活動とはなにか」という問いに対して80%のフランス人が「歴史建築物、美術館の訪問」「演劇、オペラの鑑賞」「絵画制作」「映画鑑賞」、そして「読書」などを挙げており(その他に「楽器演奏」「コンサートの参加」「写真撮影」60%、「スポーツ」「TV鑑賞」40%など)、「文化活動になにを求めるか(文化活動が象徴するものとは)」という問いには85%の人が「くつろぎ、息抜き」と答える一方、次いで高い79%の人が「話題、新しい出会い」と答えている(BNPパリバグループ「L’Observatoire Cetelem」調べ)。

 

 マンガの読書体験にも、フランス人が求める「新たな出会い」があり、知識欲を満たせる「学び」のツールとして有効であることを示すことで、広がりを持たせることができるのではないか。

 

 フランスの主要マンガ読者層は15~25歳だが、推薦図書のように、小・中学生の子供たちにも「学び」という観点からマンガを広げていける可能性は大いにあるだろう。マンガの絵はB.D.やアメリカンコミックに比べてかわいらしく、子供たちのウケも良い。

 

 同様に「マンガは子供の読みもの」と考えている大人たちに向けても、例えば「歴史」や「文化」といったテーマを設けて知識欲を満たせる「学び」を切り口にしてアプローチすることで、新たなファン層を獲得することができるだろう。

 

 日本でも2015年度から「マンガを通じて、「楽しみながら学ぶこと(edutainment)」を継続的に推進」していく「これも学習マンガだ!」というプロジェクトがスタートしたが、このように「学び」を軸にした広げ方は、フランス人にも受け入れられやすく、求められているものだと考える。

 

 その際は、フランス文化に通じた専門家が、例えば人種も宗教も多様な国であることを考慮して選書するなどが必要になるだろう。どのような意図で、誰に向けて描かれているのかという見極めが大事だ。読者が入り込んで読み進むことができる物語+イメージを具体化するイラスト、というマンガならではの表現の力は、国も世代も超えて有効だが、そこに不幸な誤解がないようにあってほしい。

 

 流通するマンガの量が豊富になってきた今、大人も納得できる質の高い作品を届けていくことが、ますます大切になってくるだろう。

 

文:山口文子

 

山口文子(やまぐちあやこ)
1985年生まれ。脚本家、歌人。パリ在住。広告代理店勤務を経て、東京藝術大学大学院映画専攻脚本領域を修了。映画や企業PVの脚本・企画に参加。夭折の俳人・住宅顕信を描く映画『ずぶぬれて犬ころ』全国公開中(脚本担当)。歌集『その言葉は減価償却されました』(角川学芸出版)上梓。短歌結社「りとむ」所属。マンガを介してコミュニケーションをはかる集団「マンガナイト」でも不定期活動中。

Related Posts