東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

拡大する「2.5次元」の世界いわもとたかこ

ファン層の拡大――原作ファンから役者ファンまで

 

 こうした市場拡大を支えたのは着実なファン層の拡大だ。

 

 日本では欧米に比べて演劇市場が小さいうえ、おそらく当初は「その作品に関わるものならすべて楽しみたい」というコアな原作ファンが中心だったのだろう。演劇プロデューサーの松田氏の発言にもあるように、そこから口コミで広がっていった。

 

 その中でタイトル数が増えることで、複数の2.5次元舞台に出演し、一定のファンを抱える「スター」が出てきた。役者のファンになれば、作品を問わず可能な限り舞台を見に行きたいファンは少なくない。

 

 象徴するのがポスターやパッケージソフトのイメージの変化だ。例えば『テニミュ』の場合、初期のDVDのカバーはキャラクターのイラストが使われていた。しかし最近は、「キャラクターの恰好をした役者」の写真が使われる。ポスターのイメージも『舞台弱虫ペダル』の初期はマンガのキャラクターだったものが、今はキャラクターの恰好をした役者になっている。

 

 個人的に役者ファンが増えたことを実感したのは『テニミュ』が定期的に開催する「ドリームライブ」だ。ドリームライブでは原作に沿った物語展開はなく、ミュージカルで使う曲をライブ形式で役者らがかわりがわり歌う。そのライブで2010年代の中ごろから、最初に出演者を紹介する際、観客はキャラクター名ではなく役者名を呼んで登場を歓迎するようになっていた。作品・キャラクターのファンを、役者のファンが越え始めたのがこの時期だったのではないだろうか。

 

 こうした役者ファンの中には、ジャニーズJr.ファンなどのように「役者の成長を応援したい」「誰よりも早く将来の人気俳優を見つけたい」という層もいるとみられる。まだ若い市場であり、マンガやアニメという強いキャラクターのいる原案を持つ2.5次元舞台は、完成された役者だけを起用して制作することは難しい。むしろオーディションでキャラクターのイメージに近い役者を選んでおり、若手中心になる。彼らが長い間舞台に出演することで役者として成長していく姿を見守るのは、役者の成長を応援したいというファンや原作のアニメやゲームでキャラクターが成長していくのを楽しみにする読者の感情に近い。

 

 ファン層は日本人以外にも広がっている。もともと日本のマンガ・アニメが海外市場を開拓してきたことから、それらを原案とする2.5次元舞台への関心は高い。2018年のパリでのJapan Expoには『刀剣乱舞』が参加。2019年にはワシントンとニューヨークで『"Pretty Guardian Sailor Moon" The Super Live』の公演があった。一部タイトルは中国でも上演されている。

 

 こうして2.5次元舞台でファンを獲得した役者は、2.5次元舞台以外のエンターテインメントに活躍の場を広げている。かつて「大人計画」や「劇団☆新幹線」、「キャラメルボックス」といった小劇場を拠点とする劇団が幅広いエンターテインメント業界に対する人材供給元となっていたように、2.5次元舞台が人材を送り出している。

 

拡大を支えたインフラ整備

 

 豊富なマンガ、アニメ、ゲームという原案があるなか、ボトルネックとなるのは役者や演出家を含む人材、会場だろうが、この市場拡大の中で、インフラ整備も着実に進んでいる。2.5次元舞台に適したサイズの劇場は、ほかの舞台作品とも競合しやすい。しかしコンサートやイベント市場の拡大に支えられ、劇場の整備も着実に進んでいる。豊島公会堂と豊島区旧庁舎の跡地に建設されるHareza池袋には、豊島区立芸術文化劇場を含む8つの劇場が新設される予定だ。西日本では、神戸の新神戸オリエンタル劇場が2.5次元ミュージカル専用劇場「アイア2.5シアター Kobe」となった。

 

新旧をつなぐ舞台というメディア

 

 こうした舞台化はときとして古い作品と新たなファンをつなぐことにもなりうる。昔のマンガがアニメ化されることで新たなファンが生まれるように、舞台もそのきっかけになるのだ。

 

 例えば2019年は冨樫義博氏の『幽遊白書』が舞台化される。しかも2.5次元舞台の役者の中でも人気が高い崎山つばさ氏と鈴木拡樹氏が出演する。『幽遊白書』は1990年代に『週刊少年ジャンプ』を読んでいた人やマンガファンにはおなじみの作品だ。それでもまだ知らない新しいファンの開拓に、人気役者を登用した舞台は一役買うだろう。同じく1990年代の作品では、『家庭教師ヒットマン REBORN!』も舞台化された。

 

 門倉紫麻氏の『2.5次元のトップランナーたち』(集英社)の中で、演劇プロデューサーの松田氏は「名作のアーカイブから舞台化を考えている」と語った。日本が蓄積してきたマンガやアニメ、ゲームの作品から次の2.5次元舞台のけん引役が出てきてもおかしくない。

 

 舞台では原案がある以上、話の流れや結末を変えることはできず同じ物語の展開になる。『テニミュ』の場合、当然のことながら原作のマンガの全42巻のストーリーを10年以上繰り返している。それでも公演ごとに変わる音楽、演出、役者の演じ方、アドリブの演技などにより、「同じ公演」は存在しない。それはあたかも2次元の世界に生身の人間がいのちを吹き込むかのよう。だれがどのように吹き込むかで出来上がる舞台はまったく違う。体験型エンターテインメントの中でもリピート率が高まる中毒性を持つと同時に、次々と新しい「作品」が登場し、新しいファンを獲得し続けるのだ。

 

さらなる拡大に向けて――世界観の統合、演劇の追求

 

 着実に広がってきた2.5次元市場だが、一段の拡大には今のファンを維持しつつ継続的な新規観客の開拓は欠かせないだろう。

 

 「アニメファンだけれども舞台を見ない」という理由に、「アニメで表現されていた動きが再現されない」「そもそもアニメと声が違う」という意見がある。確かに声優やアニメの表現でキャラクターの声や特徴が固定されると、そのイメージと違うキャラクター像を提供されたときの違和感はとてつもなく大きい。自分が大切にしていたイメージを壊された気分になるのだ。これは私自身も、好きなマンガ作品の実写映画化で経験したことがある。

 

 解決策のひとつは、アニメと舞台で同じ役者を登用することだ。『サクラ大戦』の歌劇ショウでは、声優が舞台でも同じキャラクターを演じた。2000年の『HUNTER×HUNTER』では、舞台化を前提としてアニメの声優を選んでいたという。『舞台 黒子のバスケ』でも一部のキャラクターはアニメ版の声優がそのまま起用された。最近では手塚治虫氏の『どろろ』で、アニメ版の百鬼丸役の声優である鈴木拡樹氏が舞台でも百鬼丸を演じる。可能な作品や役者は限られるだろうが、同じ原案から展開する「世界」について限りなく統一させることができれば、2.5次元舞台に関心を持つ人はまた増えそうだ。

 

 プロデューサーの松田氏は前出の『AERA』のインタビューで、2.5次元舞台の制作で重要なこととして「原作をリスペクトしつつ、演劇的な変換をすること」と話している。配役、演出、音楽を含め演劇的手法の工夫と試行錯誤が、2次元作品とうまく組み合わさり、2.5次元舞台として新しい楽しみ方を提供し続ける限り、2.5次元舞台の市場は広がり続けるだろう。

 

文:いわもとたかこ

 

いわもとたかこ
1981年生まれ。2010年にマンガナイトに参加し、イベントの企画・運営や書評執筆などに関わる。本とマンガと芝居があればだいたい満足。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社、2017年)。

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