メディアの変遷から見た「声優」の成り立ち
――声優史概論小林翔
声優業の多様化
――第3次声優ブーム(1992~2000年前後?)
第2次声優ブームは、80年代半ばのアニメブームの終焉とともに退潮の兆しを見せるが、90年代に入り、第3次声優ブームという形で再び活性化することとなる。1992年のアニメ『美少女戦士セーラームーン』のヒットを経て、『幽☆遊☆白書』『新世紀エヴァンゲリオン』などの作品が追い風となり、第3次声優ブームが到来する。このブームの特徴を、順を追ってみていこう。
第1次~第2次声優ブームの中心を担っていたのは神谷明、富山敬、井上真樹夫 19 ら「御三家」に代表される男性声優であった。一方、1990年代の第3次声優ブームは、その前半を女性声優がけん引してゆくこととなる。圧倒的な人気を誇った林原めぐみ 20 をはじめ、国府田マリ子 21 、椎名へきる 22 、三石琴乃 23 等、名前を挙げればきりがないほど、多くの顔ぶれが活躍した。
音楽活動においては、1997年に林原めぐみのアルバム『bertemu』(ブルトゥム)がオリコン週間チャート3位を記録し、椎名へきるが声優として初めて武道館でのライブを開催するなど、ビジネス規模としても第2次ブームをはるかに上回るものとなっていく。
ブームの最中に創刊された声優専門誌の存在も忘れてはいけない。1994年には主婦の友社が『声優グランプリ』を、徳間書店が『ボイスアニメージュ』を創刊する。両紙ともに表紙を女性声優が飾っているのも、同時期の女性声優人気を裏付けるものだ。声優雑誌は現在でも、定期・不定期を問わず盛んに出版されている。70年代にはじまったアニメ関連のラジオ番組は、声優をパーソナリティに据えるという様式を定着させ、「アニラジ」という通称でありながら、声優個人のキャラクターを深堀りするものも多く、声優自身への注目に拍車をかけた。90年代後半には、そうした流れに乗るように男性声優も注目され始める。1997年に子安武人 24 が企画・制作をつとめたメディアミックス企画「Weiß kreuz(ヴァイス クロイツ)」はその代表例であろう。
活動内容のみならず、声優の直接的な活動の場も拡大した。
1987年に発売されたゲーム機PCエンジン 25 は、翌年に発売された周辺機器CD-ROM2によって、CD-ROMをソフト化し、美麗なグラフィックだけではなく音声の収録も可能とした。初期のヒット作となった『天外魔境ZIRIA』や『イースⅠ・Ⅱ』といったソフトでは、キャラクターの音声を声優が演じており、家庭用ゲーム機という新たなメディアが仕事の場として確立した。また、アーケードゲームにおいては1983年にLDを用いたレーザーディスクゲームが開発され、1990年代にはPlayStationやセガサターンなどの次世代ゲーム機の相次ぐ登場によって光ディスク形式のゲームソフトが普及し、第3次ブームを支える一因となった。
また、CDの普及は大容量の音声の収録を容易にしたという点で、ラジオドラマのような声劇を収録したドラマCD、シチュエーションCD 26 といった作品形式を誕生させるに至った。これらは主に女性ファンを対象にした作品の派生作であり、その後、男性同士の性愛を主題とした「BLCD」というジャンルが台頭することとなる。
最後に、90年代に人気を博した声優の出自についても触れておこう。第2次アニメブームを受けて、声優事務所 27 や声優の所属する劇団は、声優志望の若者の需要を引き受ける形で養成所を設けてゆく。
元声優事務所経営者の松田咲實 28 によれば、そうした養成所は1977年頃に開設され始めたようであるが、青二塾(1982年設立)や日本ナレーション演技研究所(1990年設立)といった主要な養成所の開講時期にもばらつきがあり、緩やかなスパンで業界が適応していったと考えられる。同じく松田によれば、平成初期の声優業界は新人の参入に乏しい逆ピラミッド型の年齢分布であり、40代の声優が高校生を演じるといった年齢的に無理のあるキャスティングも横行していたという。現場からも若手声優の台頭を望む声があり、業界内においても養成所の設立は切実だったことが伺えよう。そして90年代になると、養成所出身の声優が続々と登場する。先に挙げた林原めぐみや子安武人は同時代の養成所出身の声優の代表格であろう。
「第3次ブーム」の性格をまとめると、1)女性声優への注目から火が付き、後に男性声優へと波及していった、2)ビデオゲームやドラマCDといった新たなメディアが登場し、声優の活動領域が拡大した、3)声優事務所が積極的に新人をリクルートするための養成所が台頭し、若手声優が業界に流入した、という点に特徴付けられる。今日に続くブームの基本的な性格を準備した第2次ブームから、その規模を、活動の場・人材の両面から拡大したといえる。
終わりに――第4次、第5次声優ブーム?(2000~2019)
豊富なマンガ、アニメ、ゲームという原案があるなか、ボトルネックとなるのは役者や演出家を含む人材、会場だろうが、ここまで、大掴みにではあるが声優史のトピックを概観してきた。現在の状況が1970年代の第2次声優ブームから、徐々に規模を拡大する形で進行してきたことがおわかりいただけたのではないだろうか。
先に触れた第3次ブームがいつ頃収束したのかというのは実のところ定かではなく、いまだ継続中であるという見方もありうる。しかし、2019年までの約20年の間に、声優を取り巻く状況に決定的な変化が訪れたことも事実である。冒頭で述べた水樹奈々のように、声優という枠を超えた認知・受容がなされ人気を得るという現象を、新たなブームの中核と見做すことができるからである。
広がりを見せる声優の受容に関連して、活動の質も変化しつつある。たとえば、歌唱のみならず別種のパフォーマンスを伴ったライブ活動があてはまるだろう。
水樹と同様に紅白歌合戦出場をはたすなど、近年の声優ユニットでは特段の人気を誇っていた、メディアミックス企画『ラブライブ!』の派生ユニットμ’s(ミューズ)は、アニメキャラクターが劇中で行うライブパフォーマンスを、それを演じる声優が再現するという形のライブで、アニメファンの域を越えた人気を集めた。文字通り「歌って踊れる」ことが要請されているのである。
同様にメディアミックス企画『BanG Dream!』では、劇中で披露される楽曲や過去のアニメソングを、キャラクターを演じる声優が演奏・歌唱することで、従来の男性ファンのみならず、女子中高生を中心に人気を集めている。
こうした事例においては、声優個々人への注目もさることながら、キャラクターとの密な関係が求められ、キャラクターを「演じる」ことを越えた同一化に近しい受容が行われているのではないだろうか。テレビのバラエティ番組などのゲストとして声優が起用される事例とあわせ、作品という単位を超えた注目が集まっている。
従来の枠を超えた声優のメディア進出は、声優の活動領域の拡大とそれに伴って要求される多様なパフォーマンスの産物といえる 29 。現在の声優養成所では、演技レッスン以外にもダンスや歌唱レッスンなど、時代とともに求められ始めたスキルの習得もカリキュラムの一環として行われている。要求されるハードルは高まる一方で、声優になりたいと育成機関の門を叩く若者の数は、1万人とも3万人ともいわれている。
綺羅星のごとく活躍し人気を集める声優への注目は、声優に「なりたい」という夢もまた、大きく育てることとなった。こうした熱狂もまた4次、第5次声優ブームと呼ばれる現象の原動力となっているのかもしれない。
文:小林翔
- 19 長らく『ルパン三世』の石川五右衛門役を務めたことで知られる。近年は俳優としても活動。
- 20 『新世紀エヴァンゲリオン』綾波レイ役、『スレイヤーズ』リナ・インバース役など。90年代を代表する声優であり、声優の音楽活動がヒットチャートを賑わせる嚆矢を担った。
- 21 『ママレード・ボーイ』小石川光希役、『まもって守護月天!』シャオリン役など。マリ姉の愛称でアイドル的人気を得た。
- 22 『魔法騎士レイアース』獅堂光役など。90年代の歌手活動は多くのファンを生んだ。
- 23 『美少女戦士セーラームーン』月野うさぎ役、『新世紀エヴァンゲリオン』葛城ミサト役など。
- 24 『新機動戦記ガンダムW』ゼクス役、『ケロロ軍曹』クルル曹長役など。
- 25 NECホームエレクトロニクスから発売されたゲーム機。当時の家庭用ゲーム機の中では特出した性能を持ち、スーパーファミコンに次ぐシェアを確立した。
- 26 CD普及以前はカセットテープに収録された音声作品が主流であった。
- 27 1960年代後半から70年代にかけて、テレビアニメはスタジオ内ですべての制作工程を終えるのではなく、工程ごとに異なるスタジオが制作を行う分業化が促進されていった。背景や仕上といった作画作業のみならず、音声・音響の追加、映像編集といったポストプロダクションも専門のスタジオが設立され、声優事務所もそうした分業化の流れにおいて設立が相次ぐこととなる。
- 28 実業家、プロモーター。俳協のマネージャーを経て声優事務所アーツビジョン、アイムエンタープライズを設立。著書に『声優白書』(オークラ出版、2000)がある。
- 29 2016-17年の『昭和元禄落語心中』では出演声優が落語の演目を収録に際して演じ話題となった。
小林翔(こばやし・しょう)
アニメーション研究、マンガ研究。一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会理事。日本の商業アニメーションにおける音声表現と、その担い手である声優についての研究を専門とし、『ユリイカ』『文藝別冊』などに寄稿。視聴覚メディアとしての「アニメ」の様式を追究している。現在、博士論文を執筆中。