東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

メディアの変遷から見た「声優」の成り立ち
――声優史概論小林翔

吹替映画の時代――第1次声優ブーム(1955~1960’s)

 

 戦後も続いたラジオドラマ人気も、1953年のテレビ本放送開始を皮切りに退潮してゆく。それを担っていた声優の活躍の場も徐々にテレビ放送に軸足を移さざるを得なくなり、それに対応できなかった声優は世代交代を余儀なくされた。

 

 初期のテレビ放送もまた放送プログラムの拡充に迫られており、国産映画のテレビ放送が映画業界による供給制限(参加した映画会社数から「五社協定」とよばれる)によって断たれると、その代替として、放映権が安価なアメリカで制作されたテレビ向け映画が輸入されるようになった。当時はまだ小型であったテレビの受像機に字幕スーパーは馴染まず、多くの外画が日本語へのセリフの吹替がなされた形で放送された。その吹替を当時の声優が担うことになるのは、よく知られた話であろう。

 

 この吹替映画の登場は、声優の活動にどのような変化をもたらしたのだろうか。

 

 大きな変化としては、ラジオドラマとは異なる技能が要求され、録音・放送の技術と関連した専門性が重視されるようになった点が挙げられる。KRT(現在のTBS)で1950年代に放送された『まんがスーパーマン』 5 や『カウボーイGメン』といった初期の吹替作品は、大平透 6 や滝口順平 7 ら自局の放送劇団出身者が目立つ配役であった。これらの作品は放送されている映像に生放送で台詞を吹き替えるという形式を採用していた。それゆえ失敗は許されず、少なくとも音声での演技については経験豊富な専業の声優の起用が優先されたと考えられる。

 

 その後、機材の改良により、映像に事後的に声を吹き込むアフレコが吹替形式の主流を占めるようになる。さらに録音用テープの編集が可能となって以降は、失敗による録り直しといった事態も解消されたが、そうした録音環境はラジオドラマや生放送とは異なる専門性を要求することとなる。具体的には、俳優の口許の動きやセリフの長さに合わせて声を吹き込む「リップシンク」などが該当する。このような技術的要請は、吹替映画で活躍した声優が、放送劇団出身の声優とは異なる顔ぶれとなった要因の一つであろう。

 

 吹替映画の声優を担ったのは、主に若手の舞台俳優、特に新劇の分野で活躍した俳優であった。ヨーロッパの近代演劇などの吹替劇を手掛けていた新劇の俳優は、外画との親和性も高かったのではないかという指摘もある。一方で、舞台への出演機会に乏しく収入の少ない若手が食い詰めた結果として行うアルバイトという一面もあり、舞台やドラマなどの本人が出演する作品に比較して給与は7割程度だったという。そうした待遇面での不興も相まって、ベテランの俳優からは蔑視されたという証言も多い。

 

 そうした中で、吹替映画のテレビ放送は、小規模ながらも声優への注目の契機となった。1965年から放送された『0011/ナポレオン・ソロ』 8 の吹替えを担当した野沢那智 9 には、録音スタジオでの出待ちや、学園祭の演劇のために声をテープに吹き込んでくれといった学校単位での依頼なども舞い込んでいたという。こうした現象は「第1次声優ブーム」と呼ばれた。

 

 「吹替映画」を取り巻く声優の状況をまとめると、1)ラジオからテレビへという主要メディアの遷移が、声優に異なる技術を要求した、2)上記の技術的要請や給与面での不遇などにより、ラジオドラマ時代の声優から世代交代がなされた、3)一方で、裏方である声優への注目の端緒となる「第1次声優ブーム」が生じた、となるだろう。そして、こうした声優への注目は、後のアニメ作品において顕著なものとなる。

 

「アニメ」ブームに寄り添って
――第2次声優ブーム(1974~1980’s)

 

 「第1次声優ブーム」からやや間を置く形で、1970年代半ばから第2次声優ブームと呼ばれる状況が発生する。第2次ブームの中心となったのは『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』といった作品が牽引したアニメブームであった。

 

 ここまでメディア毎の声優の活動を通時的に追ってきたが、「アニメーションにおける声優の起用」という観点から、少しだけ時間を巻き戻すことにする。国産アニメは1917年に相次いで制作が開始されたが、トーキー化に関してはやや遅れること1933年、『蛙三勇士』 10 と『力と女の世の中』 11 の2作品が発表されたことで達成される。『力と女の世の中』は、主演を務めた喜劇俳優の古川ロッパを除けば、制作を担った松竹に縁のある俳優で出演者が固められ、同時代のラジオドラマとの関連性は希薄である。

 

 しかし、それ以降1958年の東映動画作品『白蛇伝』に至るまで、劇場映画への出演声優の詳細は確認されていない。『白蛇伝』以降の東映動画作品においては、東京放送劇団の団員の起用が見られ、特に1966年の劇場版『サイボーグ009』では、後のテレビアニメ版に出演声優の一部が続投するなど、映画とテレビにおける起用の差は徐々に解消されていった。

 

 テレビ放送においても、第1次声優ブームと並行する形で、1963年には『鉄腕アトム』の放送がスタートする。国産初の本格的(30分)連続テレビアニメと位置付けられる同作以前には、海外からの輸入作品、国産作品の種類を問わず、5~15分程度の短編作品が大部分を占めていた。短編ゆえの番組欄の小ささから、当時の新聞の番組表や資料などを参照しても、出演声優の顔ぶれを確認することは難しい。声優のクレジットという観点からも、出演が「本格化」していくのは30分枠の連続テレビアニメの影響が大きいのではないだろうか。

 

 『鉄腕アトム』以降、国産アニメ作品は急増し、海外からの輸入作品はテレビから姿を消してゆく。1960年代後半には年に15本前後の新作シリーズが制作されるなど、声優の活躍の場が広がりつつあった。とはいえ、60年代を通じてアニメにのみ出演するという声優はほとんど存在していない。吹替映画同様に、若手の舞台俳優によるアルバイト感覚での出演が多くを占めていたようである。

 

 その後、1970年代に入り『海のトリトン』『科学忍者隊ガッチャマン』などハイティーンから支持を受けたアニメが登場すると、1974年の『宇宙戦艦ヤマト』、1979年の『機動戦士ガンダム』の大ヒットに乗じたアニメブームが巻き起こる。それに付帯する形で、神谷明 12 、富山敬 13 、潘恵子 14 等、出演声優への注目が集まる第2次声優ブームも生じることとなった。1978年にはアニメ情報誌『月刊アニメージュ』が創刊され、声優についての記事が創刊当初から掲載されるなど、タレントとしての側面を強調することとなった。

 

 また、1979年から放送が開始されたラジオ大阪の番組「アニメトピア」もおさえておきたい。麻上洋子 15 と吉田理保子 16 の女性声優二人をパーソナリティに据え、アニメ以外にもお笑い芸人をゲストに招くなどのバラエティ路線の番組構成で、声優のキャラクター性を開拓したことは特筆に値する。

 

 その他、1979年には4月に青二プロダクション主催の声優イベント「Voice.Voive.Voice」 17 が、5月には神谷明によって日本劇場でワンマンショーが開催されている。富山敬のLPアルバム『富山敬ロマン』の発売も同年のことであり、1977年には人気男性声優が集った音楽バンド「スラップスティック」 18 がデビューし大人気となるなど、声優の音楽活動への進出も同時期のことである。

 

 このように70年代後半には、声優が多彩な活躍の場に進出する事例が各領域にて見受けられ、今日の声優活動の領域を基礎づけたといってよいだろう。

 

 「第2次声優」ブームを取り巻く状況としては、1)劇場アニメやテレビアニメの放送開始からやや時期を置く形で、アニメブームの一環として受容された、2)アニメ情報誌やアニメラジオといった専門的なメディアの登場により、声優のキャラクター性が開拓された、3)出演イベントやレコードデビューなど、今日のアイドル的要素の萌芽が見られる、といった点をおさえておきたい。第1次ブームと比較して、より今日のブームとの連続性が認められるだろう。

  • 5 1955年、KRT放送。アメリカで1941~43年放送のアニメ版の吹替作品であり、アニメ・実写を問わず、海外作品の吹替第1号とされている。第2号であり実写作品第1号が後述の『カウボーイGメン』。
  • 6 TBS放送劇団を経て、『ハクション大魔王』のハクション大魔王役、『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造役など。
  • 7 民間放送初の声優であり、『ヤッターマン』のドクロベエ役、「ぶらり途中下車の旅」のナレーションなどで知られる。
  • 8 1965~70年放送。国際機関に所属するスパイの活躍を描き、日本ではビートルズと比肩する大ヒットとなった。
  • 9 アラン・ドロンの吹替や、『スペースコブラ』のコブラ役、ラジオ番組「パックインミュージック」の金曜パーソナリティとしても知られる。
  • 10 大藤伸郎作。日本初のトーキーアニメ映画とされる。https://animation.filmarchives.jp/works/view/41030に詳しい。
  • 11 政岡憲三作。国産トーキーアニメ映画第2号だが、フィルムは現存していない。
  • 12 『キン肉マン』キン肉マン役、『北斗の拳』ケンシロウ役、『名探偵コナン』毛利小五郎役(初代)など多数。70~80年代を代表する声優の一人。
  • 13 『宇宙戦艦ヤマト』古代進役、『銀河英雄伝説』ヤン・ウェンリー役など。声優アワードの年間功労賞にその名を残す。第1次、第2次声優ブームの立役者である。
  • 14 『機動戦士ガンダム』ララァ役、『聖闘士星矢』アテナ役など。娘のめぐみも声優として活動している。
  • 15 『宇宙戦艦ヤマト』森雪役、『シティーハンター』野上冴子役など。現在は講談師・一龍齋春水として活動。
  • 16 『アルプスの少女ハイジ』クララ役、『魔女っ子メグちゃん』神崎メグ役など。
  • 17 「第1回声優フェスティバル」と銘打たれた青二プロダクションの創立10周年記念ライブ。アニメ主題歌の歌唱や声劇、バラエティーショーといった内容で構成され、今日のアニメイベントの走りといえる。
  • 18 野島昭雄、古川登志夫ら声優5人によるロックバンド。代表曲に「意地悪ばあさんのテーマ』「クックロビン音頭』など。

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