東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

「グルメマンガ」の世界
――“豊食”と“飽食”の日本を記録したメディア旨井旬一

グルメマンガ初心者に送る入門編

 

 こうした背景を踏まえ、最後にグルメマンガの入門編ともいえる、特徴的な作品をいくつか紹介したい。

 

 まず、日本そばの歴史から現在まで、各地の情勢が分かる作品が、『そばもん ニッポン蕎麦行脚』(小学館、山本おさむ:画、藤村和夫:名誉監修、金子栄一:監修協力)である。

 

 寿司と同様に地域性や歴史との関連が強く、題材は多岐に渡るだろう、日本そば。絵としての派手さは少ない反面、奥が深すぎる職人の世界に正面から取り組み、ひとつの文化史に仕上げている。コミックスの巻末には、どんな苦労をして物語やそばを表現したのか“解説”を描いたコラムがあり、作者の思いを感じながら楽しめる。

 

 二つ目は、食を通したコミュニケーションが分かる、NHKもアニメ化した『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』(エンターブレイン、おおひなたごう:著)を挙げる。

 

 タイトルで表現しているように、テーマは「食べ方」。どのタイミングで、どんな調味料で、なぜそうするのか。作者はギャグマンガを得意とし、本作も全体としてくだけた雰囲気で進む。

 

 テーマが個人的なこだわりに及ぶ部分が多いことから、やや気が抜けたテイストとのバランスは絶妙。今年5月に発売した完結12巻の締め方が、多様性を考えさせられて素晴らしい。

 

 続いて、単品を扱う奥深さを知らせてくれる2作品。横浜中華街を舞台に全19巻で実に124ものチャーハンが登場する『華中華』(小学館、西ゆうじ:作、ひきの真二:画)と、世界各地のハンバーガーが次々紹介される『本日のバーガー』(芳文社、花形怜:作、才谷ウメタロウ:画)である。

 

 『華中華』は、原作者の西ゆうじ氏の逝去により、傑作和菓子職人マンガ『あんどーなつ』(小学館、テリー山本:画)とともに未刊。このまま続いていればどれほどのチャーハンが出てきたのか。家庭で再現できるものも多く、実用的でもある。

 

 『本日のバーガー』原作者の花形怜氏は、『味いちもんめ 世界の中の和食』でシナリオを務めた他、コーヒーマンガの先駆けとなった『珈琲どりーむ』(芳文社、ひらまつおさむ:画)、『バリスタ』(芳文社、むろなが供未:画)なども手掛けている。世界の料理文化を知るにはうってつけだ。

 

 あと2点ほど続けたい。次は日本人の食の原点を思い出させてくれるものである。ドイツ在住の白乃雪氏、特に最新刊の『白米からは逃げられぬ~ドイツでつくる日本食、いつも何かがそろわない~』(講談社)だ。海外移住エッセイは数あれど、“外”の視点から日本食を見直す手法が読む手を止めさせない。

 

 あんこの小豆が手に入らないので、レンズ豆で代用。みそ汁に入れるしじみがないので、ムール貝を。それが実に美味しそうで楽しそうなのだ。

 

 普段当たり前にある、無駄にしがちな食材を大事に味わわなければと思わせる。日本の豊食を再認識できる。作者がドイツで書いた日本の定食屋マンガ『あたりのキッチン!』(講談社)も魅力にあふれる。

 

 最後に挙げるのは、食のコミュニケーションで最も難しいとされる、“テーブル外交”などをテーマに扱ってきた原作者の西村ミツル氏。私がグルメマンガを蒐集するきっかけになったフレンチ料理対決マンガ『キュイジニエ』(集英社、中祥人:画)を生み出した人物だ。

 

 在ベトナム日本大使公邸料理人を主人公に据えた『大使閣下の料理人』(講談社、かわすみひろし:画)、現代から安土桃山時代にタイムスリップし、織田信長に仕えて料理で交渉を動かす『信長のシェフ』(芳文社、梶川卓郎:画)では“テーブル外交”を分かりやすく伝えてくれる。

 

 他の作品と比べ、気軽に読むタイプの作品とは言えない。ただし、食べることはどんな意味を持つか、料理を提供する人は何を伝えようとしているのか、異国の、または異世代の地で手に入る食材と、知恵と技術を結集して出される渾身のひとさらに、改めて日々の食事に感謝する思いが芽生えてくる。

 

 なお、番外として、最近最も注目の数学と料理を絡めた『フェルマーの料理』(講談社、小林有吾:著、浜田岳文:料理監修)に触れておきたい。

 

 紙と電子版の累計で300万部を売り上げたサッカーマンガ『アオアシ』(小学館)の作者で、カバーの折り返しには講談社・小学館のどちらの既刊も紹介してある。

 

 そして『フェルマーの料理』は2012年に同じ『月刊少年マガジン』(講談社)で連載した『てんまんアラカルト』(講談社、下村浩司:監修)と同じ舞台で展開する。

 

 グルメマンガを発表してスポーツマンガで名を挙げ、グルメに戻ってきた作者は他に居るだろうか。そしてこの『フェルマーの料理』、身近に思えるメニューをこれまでの料理とは違ったアプローチで投げ込んでくる。

 

 『てんまんアラカルト』も、新しい、未知の技法が盛りだくさんで、さらに複雑な人間関係により登場人物が多く、集中すべきポイントが次々に押し寄せてきた。その分、常に全力で読み込まねばならず、かなり向き合うのに力が必要だった。

 

 『フェルマーの料理』も気迫に満ちた表現だが、その裏にひとりひとりの気持ちを読み取る余裕がある。

 

 グルメマンガの新刊が出るたびに、「もうこれ以上のアイデアはあるまい」と感心する。その上で、人が食に対する欲望や、楽しもうとする工夫、それを共有したいと思う気持ちが作品には詰まっている。上記の作品に限らず、新しい口腹(幸福)への扉に続く1冊から手に取ってほしい。

 

文:旨井旬一

 

旨井旬一(うまい・しゅんいち)
1978年、山形県山形市生まれ。業界新聞記者歴16年、グルメマンガ蒐集家。取材で主に担当してきた分野はバイオテクノロジーとスマート農業。特に畜産の和牛改良や蜜蜂不足問題、豚コレラ対応など。好きな食べ物は、冷やしたぬき蕎麦。

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