東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

演出家が振り返る東映動画(後編)
――黒田昌郎が語る、小田部羊一や高畑勲らと歩んだ日々黒田昌郎インタビュー

東映動画は総合芸術を共有できる場所だった


――『ガリバーの宇宙旅行』(1965)は黒田監督初の単独演出作品です。非常にモダンな作品と思いますが、どういったコンセプトだったのでしょうか。


黒田 以前から好きだったミュージカル作品を目指しました。曲のナンバーに合わせて絵のスタイルも変えて画面を構成したいと思い、場面ごとに、アニメーターからふさわしいゲストキャラクターを作ってもらってもいます。「地球の歌」のシーンは、歌も絵も、今でも大好きですね。


――「地球の歌」は宇宙人に対して地球を紹介する曲ですが、歌詞では戦争についても触れられていて、少しドキッとさせられます。


黒田 子どもには現実の醜さも見せなければいけないと思うんです。のちに演出をした『ゲゲゲの鬼太郎』(1968-69)もそうですが、人間の負の側面も知っていないと、他人の痛みがわかる大人に育たないだろうと。宇宙もののストーリーに現実世界の問題を盛り込むというのは、SF作家のアイザック・アシモフなんかも社会への警告を込めて用いていた手法です。


――LDの東映動画長編トレーラーに収められた「東映動画スタジオニュース」では、『ガリバー』の制作風景として本物の操り人形が出てきます。本編には登場しませんが、あの人形は作画参考用のライブアクションか何かだったのでしょうか?


黒田 いえ、あれは私やスタッフから様々なアイディアが出た中で、「とにかく何でもやってみよう」という気持ちで作ったものです。宇宙人をチェスのコマのようなキャラクターにするという発想は、一度人形を試したおかげで生まれました。歩きの動作を描くことなく、スライドさせるだけで移動が表現できるわけですから、洒落た雰囲気で、動画の手間も大幅に楽になる。チェスは学生の頃からやっていたので、「チェックメイト」という言葉などを入れても楽しかったかもしれません。


――紫の星のラストシークエンスは、一動画スタッフ時代の宮崎駿さんが「ロボットの中にお姫様が入っている」という展開に変更したというエピソードがよく知られています。それもスタッフのアイディアを尊重した結果なのでしょうか?


黒田 宮さん(宮崎駿)からあのシークエンスを変えたいと提案を受けた記憶はないんです。宮さんは永沢(詢)班にいたので、永沢さんから提出されました。彼のアイデアは秀でたものでしたので、あの変更に特に異論はありませんでしたが、それよりも私が気になったのは、その後のガリバー博士のセリフです。あのセリフはオミットするべきだったと反省しています。今でもそうですが、私は終盤で作品のテーマを声高に叫ぶ作品が嫌いです。テーマは作者と観客が共有するものです。見終わった観客が感じたものをゆっくりと咀嚼して、「そうか!」と思ってくれるものだと思います。


――『ガリバー』のラストシーンはまさに、安直なハッピーエンドには収まらない、観客にある種の余韻やわだかまりを残す幕引きだと思います。


黒田 そう思っていただけたのなら本当にありがたいですね。主人公のテッドが夢から覚めて幸せな世界に戻ってきたのではなく、元の孤児のままの変わらない生活がある。そういった情け容赦ない現実にポンと置かれる結末のほうが、作品に相応しいと思ったんです。余韻を味わっていただけたらうれしいです。


――最後にまとめの質問となりますが、黒田さんにとっての東映動画はどんな場所でしたか?


黒田 私は大学でも教鞭を取ってきましたが、学生には「アニメーションは総合芸術だ」と伝えてきました。総合芸術だからこそ、監督はあらゆるものに関心を持たなければいけない。いい本を読み、いい絵を観て、いい映画を観て、いい踊りを観る、いい音楽を聴き、いい食事を食べる。それぞれの分野の一流のものに触れなさいと。
 東映動画は、作画、仕上げ、美術、撮影、編集まで同じ屋根の下にあったので、総合芸術であるアニメーションの現場を、みなで共有することができる場所でした。経営陣がそこまで意識していたかどうかは甚だ疑問ですが(笑)、その経験は自分の財産として今でも大きく残っていますね。

 

聞き手:原口正宏、高瀬康司、構成:高瀬康司、高橋克則

 

黒田昌郎(くろだ・よしお)
1936年5月21日生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1959年5月2日、東映動画に演出助手として入社。『アラビアンナイトシンドバッドの冒険』(1962、藪下泰司と共同)『ガリバーの宇宙旅行』(1965)で演出(監督)を務める。その後、ズイヨー映像(のちに改組して日本アニメーション)へ移籍。主な監督作品に、世界名作劇場シリーズの『フランダースの犬』(1975)『シートン動物記 くまの子ジャッキー』(1977)『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』(1981)『ピーターパンの冒険』(1989)など。

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