東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

街でコスプレする、街がコスプレをする(前編)
――池袋からコスプレを眺めて谷頭和希

2:コスプレと池袋

 

 こんなごく私的な随想を話のマクラにしたのには、他ならぬ池袋で、同じような風景をかつて見たことがあって、そしてその風景についてこの文章では詳しく書こうと思っているからである。

 

 南池袋公園から歩いて10分ほどにある、池袋サンシャインシティ。私はかつて10年ほど池袋に住んでいた。引っ越した現在でも、サンシャインシティの近くにあるピアノ教室へ自転車で通っている。つまり、ここ何十年もの間、私はサンシャインシティの横の風景を自転車越しに見続けてきたのだ。

 

サンシャインシティを臨む。私はこの景色をずっと横目に眺めてきた。

コスプレイベントのときにはこの広場がコスプレイヤーでいっぱいになる

 

 そんなある日のこと。

 

 サンシャインシティを埋め尽くす謎の集団が私の目に入ってきた。彼らは人間ではあり得ないような髪の色と日本人離れした服装をしながら、長い大きな武器のようなものを持っている。そうしてカメラマンの前でポーズをとったり、サンシャインシティ横にある東池袋中央公園を埋め尽くしているのだ。

 

 それはコスプレイヤーたちであった。

 

コスプレイベント「acosta!」の様子(撮影=伊藤元晴)

 

 2015年ぐらいのことである。私がそこでコスプレのイベントを見るのは初めてであった。それは新鮮な驚きであるとともに、何か見知ったサンシャインシティの風景をコスプレイヤーたちが塗り替えているような、日常ではない非日常的な祭りの空間のようにさえ感じられた。

 

 しかしこの風景が異質だったのはそれだけではない。言うまでもないかもしれないが、サンシャインシティはコスプレイベントの会場として作られたのではない。それは商業施設である。商業施設なのだからそこを訪れる人の多くは、一般の買い物客や観光客だ。当然のことながらコスプレイベントの時も、そこには多くの一般人がいる。

 

 だから、私の目に映っていた風景は、いつものように買い物客がそこに存在しながら、しかしそこへコスプレイヤーたちが存在しているという、奇妙な並存の風景であった。

 

 先ほど、おしゃれな南池袋公園が墓場やラブホテルと並存する風景について書いたけれど、このコスプレイヤーたちを巡る風景はその二重写しとして、私の目に迫ってきたのである。そこでは、日常的なサンシャインシティの空間と、非日常的なコスプレイベントの空間がどちらを侵食するということもなく存在している。

 

 この短い文章では、そうした私のごく私的な風景の体験から「コスプレと池袋」という二者を捉え直し、考えてみたいのである。

 

3:聖地と呼ばれて

 しかし何も、池袋とコスプレを結びつけて考えようという試みは、私の恣意的な態度ではない。どうやらコスプレイヤーたちの間では、「池袋はコスプレの聖地」という評価が根強いようなのだ。その理由は様々である。コスプレイベントが、おおよそ月1回というペースで行われていること(その中心がサンシャインシティである)や、あるいはサンシャインシティ周辺に乙女ロードを中心としてコスプレ用のウィッグ(カツラ)やコスチュームを販売している店が多いことなどはよく指摘されるところである。

 

 つまり、コスプレイヤーにとって都合の良い土壌が元から池袋には備わっていて、そこから池袋が「コスプレの聖地」であるとコスプレイヤーの間で認識されるようになったというわけである。

 

池袋でのマンガ・アニメ文化を先導してきたアニメイト池袋本店。多くの人が集う

 

 しかし池袋でのコスプレ事情に詳しい人に話を聞いてみると、実は池袋がコスプレの聖地と呼ばれるようになったのは、そうしたコスプレイヤー側の事情だけでもないようなのだ。

 

 池袋に本店を構え、長らく日本でのマンガ・アニメ文化を先導してきた「アニメイト」でコスプレイベントに関する業務を行ってきた小山幸男さんはこう語る。

 

 池袋で初めて街なかに広がるコスプレイベントが行われたのは2014年3月です。アニメイトグループとサンシャインシティの共催で行われました。当初は200〜300人ぐらいの動員数でしたが、継続は力なりで、イベントを始めて1年目ぐらいで参加者が1000人ほどになりました。参加者が増えるにつれて、コスプレイヤーさんが屋外の東池袋中央公園などにも広がり、乙女ロード側からその様子が見えるようになった。それが毎月毎月行われるので、それを他の場所から見ていた人が、「池袋ってコスプレの聖地なんだな」と認識するようになった、というのが実情に近いかと思います。

 

コスプレイヤーで埋め尽くされる東池袋中央公園(撮影=伊藤元晴)

 

 そして実際に小山さんは、池袋の街中を歩いているとき、このような声を耳にしたのだと言う。

 

 数年前のことですが、私も池袋を歩いている人が「池袋ってコスプレの聖地なんだよ」と言っているのをはっきりと聞いたんですよ。2015年ごろの話です。徐々にコスプレイヤーの数が増えてきたときにそう言われ始めたと言うのを記憶しています。

 

 つまり、屋外に溢れるコスプレイヤーを見た買い物客や周辺住民が、「池袋はコスプレの聖地だ」と言い始めたのである。それはサンシャインシティでのコスプレイベントが屋外をそのフィールドにしていたということが大きく作用している。そう言う私だって、サンシャインシティでのコスプレが屋外で行われていなければ、池袋での不思議なコスプレ体験をすることはなかっただろう。

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