東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

アニメーション“撮影”2019(後編)
――二大話題作の撮影監督が解説する、その基礎と魅力泉津井陽一+津田涼介 対談

『なつぞら』を“撮影”する


――泉津井さんの撮影観やこれまでのお仕事の歩みについては、過去に何度かお話をうかがっていますが、最近の作品ですと、押山清高監督が絵コンテ・作画・仕上げまでお一人で手がけられた短編『SHISHIGARI』(2019)が印象的でした。


泉津井 『SHISHIGARI』はもともと磯光雄さんの推薦でご依頼いただいたのですが、凝ったエフェクトを入れるというよりは、押山監督の作画を活かす方向で、映像の雰囲気作りに注力しました。画面の四隅を少し不鮮明にしたり、全体を少し黒っぽくしたり、部分的に収差を強めに出したり、また『なつぞら』もそうですが、編集作業まで僕のほうで担当しています。


――時期の被るお仕事だったと思いますが、泉津井さんが『なつぞら』に関わられた経緯というのは?


泉津井 依頼はササユリカフェの舘野仁美さんからです。ジブリでご一緒して、お店を開かれてからもよくご挨拶していたためか、撮影やポストプロダクションをお願いできないかとお声がけいただきました。
 朝ドラは視聴率が約20%と言われていて、首都圏に限っても800万人ぐらい観ているらしいんですね。それが半年間、毎朝流れ、再放送もあるということで、延べ12億人くらいが観ることになると。これは2019年の日本で一番多く観られたアニメになるんじゃないか、それを大きなスタジオではなくコンパクトなチームで回せたら面白いよね、という話はしました(笑)。


――(笑)。かなり変則的な制作体制と思いますがいかがでしたか?


泉津井 撮影もそうですが、原画の人数が限られている中、本編のほかに、ドラマの撮影現場で使う小道具、原画、キャラクター表なども作成する必要があったのでそこは大変そうでしたね。ちなみに、劇中作ごとに設定表のボツ案が何パターンか出るのですが、それらのうちのいくつかは、ドラマ内のスタジオの机の上などに資料として置かれていたりもします。


――アニメーションパートの撮影をされるにあたり、表現面でこだわられた点は?


泉津井 劇中の時代ではできないような撮影処理をどうするかは迷った点です。たとえば地面に落ちる影一つとっても、今であればダブラシで処理するけれども、昔はフィルムで多重露光撮影をするか、セルにブラシで吹いて作るか、さらに昔であれば塗りで影を入れるだけだった。なので作品ごとに、なるべくそれぞれの時代感を意識した処理を選ぶようにはしていましたね。ただそう作ってほしいというオーダーがあったわけではないので、デジタルっぽくなり過ぎないというくらいで、そこまで厳密に行ったわけではないのですが……。


津田 当時の再現となるとセル影なども入れたくなりますが、そこまではやられていないわけですね(笑)。


泉津井 はい(笑)。ただセルのガタりは少し入れましたね。ジブリもそうでしたが、ガタりは少し加えたほうがそれっぽくなるんですよ。

 

図4:川面への映り込み(『なつぞら』より)

『なつぞら』タイトルバックアニメーション
©ササユリ・NHK
『なつぞら』劇中アニメ『大草原の少女ソラ』オープニングアニメーション
「アスペクト比が4:3になるとともに、キャラクターの配置を変更、美術も新規のものです。そのうえで、『大草原の少女ソラ』は1960年代に作られたという設定なので、川面への映り込みの処理を時代に合わせて修正しました。見比べてもらえると、波ガラスの処理や映り込みのディテールが抜かれ、単色のベタ塗りになっていることがわかると思います」(泉津井)
©ササユリ・NHK


泉津井 一方で、第1話の冒頭で流れた「東京大空襲」のアニメーションパートは、劇中で制作されるアニメーションという設定ではなかったですし、最初ということでインパクトを与える必要があると思い、普通にデジタル的な撮影処理を加えてあります。

 

図5:「東京大空襲」シーンのデジタル処理(『なつぞら』より)

「セルと背景を組んだ素撮りに対して、1)ぼかした炎セルの上側に赤みのグラデーションを付加して質感とコントラストを足す、2)炎の動きに合わせてパーティクルで作成した火の粉を付加する、3)キャラクターにセルノイズと炎の照り返しを加えたうえで、加工した炎のセルと火の粉を合成して発光感を出す、4)さらに発光感と炎の強さを出すためにフレアや光の拡散効果を追加、といったデジタル処理を加えています」(泉津井)
©ササユリ・NHK


――撮影はAfter Effectsではなく、ジブリが採用していたToonzを基にしたOpenToonzでしょうか?


泉津井 はい。今はどの仕事もなるべくOpenToonzでやりたいと思っています。ツールごとに、向いていること、向いていないことがあるので、After Effectsでやるのと比べて、表現そのものが変化するんですね。エフェクトなどは弱いですが、そこに頼らない表現の可能性を突き詰めることが、これからの僕の立ち位置なのかなと思っています。
 実際、エフェクトに凝らなくても、例えばカメラワークのタイミングやスピード感を工夫するだけで、映像の風合いが変わるんですよ。均一で滑らかなカメラワークにするのではなく、シーンの狙いを踏まえつつ動きのノイズを少し入れるだけで、映像から受ける印象が変わってきますから、そういうところでまだ新しくやれることがあるなと思っています。


津田 そこは大事ですよね。エフェクトももちろん重要ではあるんですが、そういう基礎的なところをおさえないまま、撮影は処理を盛る仕事だという認識ばかりが広まってしまうのは問題ですから。カメラワークのような本質の部分に鋭敏な撮影スタッフがもっと育ってほしいなと僕も思います。


泉津井 僕も若手には、映像を作り込むだけでなく、素材をどう魅力的に見せるかという演出力を育ててほしいなと思いますね。


――では最後にあらためて、『天気の子』『なつぞら』と2019年を代表するアニメーション作品で撮影監督を務められた立場から一言いただけるでしょうか。


津田 アニメが日々大量に作り続けられる中で、これだけ大ヒットする作品に携われたのは、本当に運がよかったなと思いますね。自分の仕事の中でも代表作と呼べる作品になりました。


泉津井 A3サイズくらいのでかい名刺ができましたよね(笑)。『なつぞら』も幅広い視聴者から観ていただくことができて、特にネットの反応で、タイトルバックアニメーションの放送が始まると子どもがわっと観始めるという声がいくつも上がっていたのはうれしかったですね。これは撮影に限らずどのセクションの人もそうだと思いますが、自分が参加した作品を大勢の人に観ていただけるというのは、本当にありがたいことなので、幸運なめぐり合わせだったなと強く感じます。

 

聞き手・構成:高瀬康司

 

 

泉津井陽一(せんづい・よういち)
撮影監督、コンポジッター。『なつぞら』(2019)アニメーションパート撮影監督。1997年よりスタジオジブリにて「CG」「エフェクト」「撮影」などを担当。『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)、『千と千尋の神隠し』(2001)、『ハウルの動く城』(2004)、『風立ちぬ』(2013)、『かぐや姫の物語』(2013)などを手がける。ジブリ外では『電脳コイル』(2007)で撮影監督を務めたほか、『花とアリス殺人事件』(2015)、『宝石の国』(2017)、『ニンジャバットマン』(2018)などに参加。著書に『OpenToonzではじめるアニメーション制作』(工学社、2016年)がある。


津田涼介(つだ・りょうすけ)
撮影監督、ビジュアルエフェクト。『天気の子』(2019)撮影監督。東京造形大学卒業後、AICに入社。その後カラーを経て、TROYCA作品に多く関わる。『天体戦士サンレッド』(2008)コンポジットディレクター、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012)エフェクト、『いなり、こんこん、恋いろは。』(2014)撮影監督、『アルドノア・ゼロ』(2014・15)ビジュアルエフェクト、『君の名は。』(2016)撮影、『Re:CREATORS』(2017)ビジュアルエフェクト、『アイドリッシュセブン』(2018)撮影監督など。

Related Posts