東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

「東アジア文化都市2019豊島」マンガ・アニメ部門の歩み
――「東アジア文化都市2019豊島」マンガ・アニメ部門事業ディレクター
+IMARTカンファレンススペシャル・アドバイザー座談会(前編)数土直志+菊池健+土居伸彰+山内康裕

マンガ・アニメを未来視点で考えるために


――5月から11月までは「マンガ・アニメ区役所」が開催されました。豊島区役所の展示スペースを活用したユニークな企画でしたが、その意図を教えてください。


土居 豊島区は、区役所の各階の壁面が「まるごとミュージアム」という巨大な展示空間になっていて、通路や壁に絵を飾れるスペースが用意されています。通年で様々な展示が行われているのですが、今回は東アジア文化都市の開催記念ということで、マンガ・アニメにまつわる展示を、期間中、常に行うことにしました。区民が訪れる機会の多い4階で展示することで、マンガ・アニメに興味のない人たちや、また区で働く職員の方々にも作品を見てもらう機会を作りたかったんです。僕自身は日中韓の若手作家をフィーチャーする展示を3期にわたってキュレーションしました。


山内 僕はマンガに特化した展示のキュレーションを担当しました。マンガに関心の薄い区民の方も区役所であれば普通に訪れる。区役所に来たついでに、マンガのポテンシャルを感じてもらい、区がマンガを推すことへの納得感を持ってもらえるよう意識しました。前期の「『これも学習マンガだ!』展 〜マンガで学ぶ11の世界〜」では、役所の職員を主人公にしたマンガ『健康で文化的な最低限度の生活』も取り扱いました。本編の舞台である役所で展示することで、そうした仕事を担う方々が日々どんな気持ちで働いているのかにも関心を向けてほしいし、マンガは学びにも活かせるコンテンツであることを知ってほしいという狙いからです。後期の「マンガのマンガ展 〜過去と現在、描き手と読み手〜」では、マンガ家やマンガ業界で働く人々について知ることで親近感を持ってもらおうと、小学館さんの協力の元、マンガ自体をテーマにした作品を年代ごとに6作品キュレーションして紹介しました。またジュンク堂書店池袋本店で、出張展示とともに作家や編集者のトークイベントも実施し、制作陣の生の声を聞いてもらいました。


――8月から9月にかけては謎解きウォークラリー「トキワ荘の記憶『消えたフクロウを追え!!』」が開催されました。こちらは参加型のイベントですね。


山内 はい、かつてトキワ荘があった豊島区南長崎エリアを回遊する謎解きイベントです。2020年3月の「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」のオープンへ向けて、地元の方々も含めて盛り上げたいという気持ちから生まれた企画ですね。椎名町駅、東長崎駅をスタートに、トキワ荘ゆかりのモニュメントのある公園を回遊して、トキワ荘通りお休み処を目指しました。謎解きイベントは世間でもブームになっているので、そのフォーマットを使いながらも、南長崎エリアを自分の足を使ってめぐることで、歴史を学べるような仕組みを取り入れました。ゴールをしたときにはトキワ荘の歴史や、そこで暮らしていた作家たちについて、どんな風に生きていたのかまで自然に詳しくなってくれるよう工夫を凝らしましたね。


土居 としま南長崎トキワ荘協働プロジェクト協議会や西武鉄道が全面協力してくれたおかげもあり、「東アジア文化都市2019豊島」のイベントの中でも参加者がものすごく多い、話題性の高い企画になりましたね。


――10月から11月にかけて行った「マンガミライハッカソン」は、IMARTのプレイベントという位置付けでした。


山内 ハッカソンは様々な技能を持つ人たちが即席のチームを組み、短期間の共同作業でアウトプットをするというもので、エンジニアの分野で広く知られていますが、マンガ業界ではほとんど行われてきていません。というのも日本のマンガは、個人創作に近い状況で作られてきたからです。ただ現在のマンガは原作と作画が分かれていることも少なくないですし、監修に専門分野のプロフェッショナルが付くことも珍しくなくなりました。そういった方々が原案の段階から知識を持ち寄れば、一人ではできないような作品も生まれるかもしれない。そう考えて、「新たな人間性・未来社会・未来都市」をテーマに短編マンガのプロトタイプを制作してもらいました。


――菊池さんは審査委員を担当しました。関わられてみていかがでしたか?


菊池 世の中にあるハッカソンは与えられる制作スケジュールが短いので、作ること自体を目的としたものが多いんです。さらにマンガの場合は、どうしても制作カロリーが高くなるので時間もかかってしまう。でも今回は約1か月ほどの期間中に3度集まり、参加者たちがお互いに議論を重ねて課題を解決しながら、面白いマンガを作るという枠組みができていったところがよかったですね。参加者の熱量も高くて、企画が終わった今でも交流が続いていることも含めて、新しく意義のある企画になりました。


山内 特に大賞受賞作の『Her Tastes』は他人と味覚を共有できるVRデバイスが存在する、近未来を舞台とした日常ものでした。味覚研究の専門家も入ったことで、設定としても物語としても現実にありうる、リアリティのあるSFに仕上がっていました。審査員の満場一致で大賞が決まりました。


――同じくIMARTのプレイベントの「アニメーテッドラーニングとしま2019」はアニメ制作を体験するワークショップです。


土居 「アニメーテッドラーニング」はデンマークのTAW(The Animation Workshop)という学校が中心となって、20年以上研究が続けられているプロジェクトで、アニメーションをエンタテインメントとして楽しむだけでなく、学習やコミュニケーションのツールとして活用するメソッドです。狭義のファンでなくともマンガ・アニメは役立ちうるポテンシャルがある、ということを提示したいと思い、「一般社団法人アニメーテッドラーニングらぼ」に協力してもらい実施しました。残念ながら台風によってイベント自体は大幅に縮小してしまったのですが、そのポテンシャルは示せたかなと思います。


数土 池袋はサブカルチャーの街として盛り上がりを見せていますが、企業サイドだけで動いてしまうと、どうしても歪なものになってしまう。「東アジア文化都市2019豊島」は豊島区で暮らしている人々や子どもたちが参加できるような仕組みを用意していることが面白さに繋がったと感じますね。だからこそ内向きにならず、マンガ・アニメがきちんと前を向いて進めるような未来志向のイベントになったんだと思います。

 

聞き手:高瀬康司、構成:高瀬康司、高橋克則

 

後編へつづく】

 

数土直志(すど・ただし)
ジャーナリスト、日本経済大学大学院エンターテインメントビジネス研究所特任教授。メキシコ生まれ、横浜育ち。証券会社を経て、2004年に情報サイト『アニメ!アニメ!』、2009年にはアニメーションビジネス情報サイト『アニメ!アニメ!ビズ』を設立、編集長を務める。2016年7月に『アニメ!アニメ!』を離れ独立。現在は『アニメーション・ビジネス・ジャーナル』を運営。主な仕事に「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』 (星海社、2017年)。IMARTカンファレンス スペシャル・アドバイザー。


菊池健(きくち・たけし)
1973年生。マスケット合同会社代表、漫画レビューサイト「マンガ新聞」ディレクター、トキワ荘プロジェクトアドバイザー、NPO法人HON.jpアドバイザー。漫画家支援の「トキワ荘プロジェクト」に7年間従事し、新人漫画家に安価な住居を提供しつつ、『マンガで食えない人の壁』等書籍制作、イベントや勉強会等を開催、新人漫画家支援というジャンルを構築した。かたわら、京都国際マンガ・アニメフェアの立上事務局メンバーとなり『まど☆マギ』生八ッ橋などの商品開発なども行う。京まふマンガ出張編集部、京都国際漫画賞なども立ち上げた。現在は、「マンガ新聞」を運営。IMARTではカンファレンス スペシャル・アドバイザーを務める。


土居伸彰(どい・のぶあき)
1981年東京生。株式会社ニューディアー代表、新千歳空港国際アニメーション映画祭フェスティバル・ディレクター。ロシアの作家ユーリー・ノルシュテインを中心とした非商業・インディペンデント作家の研究を行うかたわら、AnimationsやCALFなど作家との共同での活動や、「GEORAMA」をはじめとする各種上映イベントの企画、『ユリイカ』等への執筆などを通じて、世界のアニメーション作品を広く紹介する活動にも精力的に関わる。2015年にニューディアーを立ち上げ、海外作品の配給を本格的にスタート。国際アニメーション映画祭での日本アニメーション特集キュレーターや審査員としての経験も多い。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社、2016年)、『21世紀のアニメーションがわかる本』(フィルムアート社、2017年)など。


山内康裕(やまうち・やすひろ)
1979年生。マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科修了後、税理士を経て、マンガを介したコミュ二ケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し、マンガ専門の新刊書店×カフェ×ギャラリー「マンガナイトBOOKS」を文京区にオープン。また、マンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「これも学習マンガだ!」事務局長を務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社、2017年)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋、2016年)など。

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