東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

21世紀初頭の日本における
インディペンデント・アニメーションシーンはどうなっていたのか(後編)
――土居伸彰が語る、Animations・CALF・ニューディアーでの体験土居伸彰+水江未来 対談

 

GEORAMA、そしてニューディアーへ

 


――またもう一つの上映イベントとして、アニメーションフェスティバル「GEORAMA」があります。


土居 GEORAMAは「まったく新しいアニメーションフェスティバル」というテーマで2014年から東京で不定期に行っている複合型のフェスです。海外のアニメーションに興味がある人がいても、広島まで見に行くのはなかなかハードルが高いですよね。だから東京でも上映イベントをやる必要があるだろうと思い立ち上げました。
 これもある意味で広島に対するカウンターとして始まったと言えるかもしれません。ひらのりょうくんに象徴されるような、従来のアニメーションの枠からははみ出す作家を積極的に取り上げたいなという思いから、「アニメーション概念の拡張と逸脱」をコンセプトにしました。
 第1回は、2014年4月に吉祥寺バウスシアターで開催した「GEORAMA2014」です。「GEORAMA2014」のメインは長編アニメーションの特集でした。というのも、2010年代に入ると世界的に、インディペンデント的な長編アニメーションがすごく面白くなってきたんですね。だから短編だけでなく長編もきちんと紹介したいと思ったんです。
 「GEORAMA2014」は2週間にわたるフェスでした。長編の上映を中心に、「変態ナイト」のオールナイト、「暗闇のアニメーション」と名づけた劇場完全暗転(プロジェクターも含め!)して音の映画を上映するプログラム、ミュージシャンの七尾旅人さんをゲストに迎えてのひらのくんの新作『パラダイス』の上映などをやりました。ちょうど時期的に、バウスシアターの閉館(2014年5月)と重なってしまったこともあって、もともとライブハウスや演劇の小屋で使われていたという場所の歴史性を意識したプログラムにしました。


――手応えはいかがでした?


土居 イベントものの評判と集客はおおむねよかったんですが、メインの長編の集客には苦戦しましたね。短編は集客できても、長編には人が来ない。お客さんはおそらく、短編のコンピレーション集であれば、様々な作品がセットになっているので、どれか一つくらいは自分の好みの作品があるだろうと思うのかもしれません。そういう視点だと、長編アニメーションのプログラムを観に行くのはリスクなわけです。今から思えば、ミニシアター熱の残滓が、まだその頃にはあったのかなと……ミシェル・ゴンドリーの長編アニメーション『背の高い男は幸せ?』(2013)はすごく入りましたから。『あまりにも単純化しすぎた彼女の美』(2013)のように、GEORAMAでの上映をきっかけに不定期的にですが日本での上映が続いている作品もあって、そのことはとてもうれしく思います。ただ、当時の集客は厳しかった……。
 でも、今だと逆ですね。短編のコンピレーションに人を呼ぶのは本当に難しくなった。一方、長編アニメーションは、ファンが着実に増えている。2010年代は、時代の流れとともに、アニメーションをめぐる状況も大きく変わった時期だと思います。見慣れないもの=短編を観にいくという習慣が、10年代後半に一気に消えた印象がある。

 

「GEORAMA2014」東京会場 予告編


――その後間もなく、土居さんはニューディアーを設立し長編アニメーションの配給を行いますが、どういった経緯だったのでしょうか?


土居 2014年6月のアヌシーで、アレ・アブレウの『父を探して』(2013)がクリスタル(最高賞)と観客賞を取ったんですね。2013年9月のオタワがワールドプレミアだったと思いますが、僕はその両方に立ち会っていて、何か惹かれるものがあった。オタワではまずポスターと目が合ったんですよ(笑)。それ以来ずっと気になり続けていて、この長編はもしかしたらアニメーションファンのみならず、もっと大きな客層にアピールするんじゃないかと思うようになったんです。
 CALFでではなく自分で会社を作って配給することにしたのは、やはり作り手は作家活動に専念するのがベストだろうと思ったからです。CALFが法人化されたあと、プロダクション部門と配給部門に分かれますが、その後2013年、恵比寿映像祭でCALFのプログラムを組んでもらった際に、オリジナル・メンバーによるCALFレーベルは解散を宣言をしています。水江くんと和田さんはCALFレーベルから離れ、僕も博士論文の提出期限が迫っていたので、そこに労力を割くようになりました。
 ただその後も立ち上げメンバーとCALFとの繋がりがまったく消えたというわけではなく、水江くんが日仏共同製作で作った短編『WONDER』の日本側の製作をCALFが担当したり、その完成を記念して水江くんの特集上映「ワンダー・フル」を全国10館以上でやったり、「変態アニメーションナイト」もMCナシのプログラムとして全国公開したりするなど、CALFも配給・上映活動はやれる範囲で続けてくれていました。しかしやはり、大変な労力がかかってしまう。プロダクションとの二足のわらじは難しい。
 そこで、2015年、博士論文が無事提出できたタイミングで、僕が株式会社ニューディアーを立ち上げて、CALFの配給部門を引き継ぐことにしたんです。そして一発目の配給作品として選んだのが、『父を探して』でした。公開のタイミングでアカデミー賞にノミネートしたり、話題になってくれました。
 ただ、会社を立ち上げることについては相当悩みましたね。しかし自分に何ができるのかを考えたときに、作り手ではない僕のような人間が経済的に成り立たないと、この界隈に発展はないと考え、思い切って会社を設立することにしました。ひらのりょうくんをマネジメントしているFOGHORNの影響もあると思います。短編作家を支えるビジネスが成り立つのだという気づきをいただけたので。また2014年から新千歳空港国際アニメーション映画祭がスタートして、2015年に僕がフェスティバル・ディレクターの職についたことも、ある程度の売上を見込める要因として大きなあと押しになりました。

 

『父を探して』予告編


――ようやく活動が現在のニューディアー代表、そして新千歳空港国際アニメーション映画祭フェスティバル・ディレクターへとたどり着きましたが、なるほど、土居さんの活動を追うことを通じて、ここ10~20年ほどの日本のインディペンデント・アニメーションシーンの変遷が浮かび上がってきたように思います。1980年代以降を支えた広島国際アニメーションフェスティバルへのオルタナティブとして、「アート・アニメーション」ブームと並行した山村浩二さんの「Animations」の活動があり、そして2010年代にはそれに対するCALFレーベルの挑戦があり……。


土居 短編アニメーションの業界は、作り手以外の人の割合がとても少ないんですよね。そんな数少ない人間の責務として、シーンが盛り上がるよう、いろいろと自分のやれることをやってきました。ただ00年代~10年代初頭に比べると、今は短編アニメーション界が少し下火になりつつあると感じています。それは、僕らCALF世代がきちんと結果を出せなかったところにも一因があると思うんですよ。僕らの世代は、山村さんが導いてくれた映画祭シーンで活躍したわけですが、後進がついてこれるような活動モデルを示せたかと言えば、そうではない。映画祭シーンも、動画サイトとSNSの時代にその意味合いを変えつつある。動画サイトという発表の場ができることで、短編作品が必ずしも映画祭を必要としなくなる時代がやってきた。そんな中、自分たちの世代は、今後「映画祭での評価にどんな意味があるのか?」という問いに対する答えをきちんと出していく必要があるのではないかと思っています。


――厳しい認識ですが、どういう答えがあり得るのでしょうか。


土居 僕が今プロデュースを始めているのは、その答えを出すためなんですよ。ヨーロッパと組んで、日本の作家が、新たな作品をきちんとした予算で作れるようにすることが第一。これは今、藝大出身の折笠良くんやタマグラ出身の冠木佐和子さんなどと一緒にやっています。映画祭での評価をベースに、ヨーロッパから補助金を獲得して作るというスキームです。
 第二に、短編での評価をきっかけに長編を作れるようにすること。今、水江くんと進めている、「西遊記」原作の長編アニメーション企画がそれです。
 第三に、デイヴィッド・オライリーやミヒャエル・フライら、アニメーション作家からゲーム制作に転身した例から学び、アニメーションとゲームとの親和性を探ること。具体的には、和田淳さんと『マイ・エクササイズ』というインディ・ゲームを作ることで実践しています。
 こういった活動は、僕なりに、僕らの世代がやり残してしまった宿題を、今なんとかこなそうとする意識でやっています。短編アニメーション界の作家たちは、産業的にも通用するし、他の分野に負けないくらいの世界的な才能を持っているのだということを、なんとか見せたい。それが今後のアニメーション界の豊かさにも繋がっていくはずなんです。新海誠さんや湯浅政明さんなど、アニメにもインディペンデント色が強くなっている今、短編側からできることはまだまだあるはずだと思っています。

「和田淳のゲーム マイ・エクササイズ」より

聞き手・構成:高瀬康司

 

土居伸彰(どい・のぶあき)
アニメーション研究・評論・プロデュース。ニューディアー代表、新千歳空港国際アニメーション映画祭フェスティバル・ディレクター。ユーリー・ノルシュテインについての研究をベースに、配給・イベント企画運営・執筆・講演などさまざまなかたちでインディペンデント・アニメーションの振興にかかわる活動を行う。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』『21世紀のアニメーションがわかる本』(ともにフィルムアート社)。東アジア文化都市2019豊島ではマンガ・アニメ部門の事業ディレクターを務める。


水江未来(みずえ・みらい)
アニメーション作家。 細胞や微生物、幾何学図形を用いた音楽的なアプローチの抽象アニメーションを数多く制作。2011年、短編作品『MODERN No.2』が、ベネチア国際映画祭でワールドプレミア上映され、翌年のアヌシー国際アニメーション映画祭で、音楽賞を受賞。2014年、短編作品『WONDER』が、ベルリン国際映画祭でワールドプレミア上映され、同年のアヌシー国際アニメーション映画祭で、CANAL+CREATIVE AID賞を受賞。平成30年度東アジア文化交流使。

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