東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

アニメはどう語られてきたのか(後編)
――氷川竜介が語る、人はなぜ感動するのか、
その感動の原点をいかにして残すのか氷川竜介インタビュー

 

なぜ人はアニメに感動してしまうのか?

 

――大学で今後行いたい講義、必要だと思われる講義はありますか?

 

氷川 昨年(2018年)度、「アニメ作家論」の講義計画があったのですが、博士課程向けだったので受講者がおらず、実現できなかったのは残念でした。富野由悠季監督、宮崎駿監督、庵野秀明監督、出崎統監督、押井守監督、原恵一監督、今敏監督、細田守監督、湯浅政明監督、新海誠監督などを取り上げる予定でした。きっかけの一つは、東京国際映画祭で庵野秀明監督とトークショーをしたとき、「監督の仕事はOKか“もう一回”を決めること。それと責任を取ることだけ」と聞いたことです。監督のジャッジメントが積み重なり、その結果としてフィルムの個性ができあがる。だから作家論といっても監督の内面を分析するのではなく、OKとNGの基準がどう違うのか、それが作家性にどう宿るかを解き明かそうと思いました。そうすれば世間で言われるテーマや哲学中心の作家論とはまた違う研究のアプローチができるだろうという構想です。
 同時期から「特撮の歴史と技術」の講義もスタートし、これは学部生向けにも行うことになって140名ぐらい受講することになりました。CG時代となった現在、特撮そのものの知識に将来的な意味は乏しいので、トリックとしての優れた発想、技術が驚きを支える点などアニメとの関連性や共通性も含め、学生の刺激となるよう語っています。
 今後は、人間の視覚認知とアニメーションの関係性も調べていきたいですね。アニメの撮影前のマテリアルを見ると、「どうしてこんな平板なものに感動してしまうのだろう?」と思います。でもそれが撮影され映像として映し出されると、感動や夢に変わる。そこに現代の魔術や奇跡を感じます。同時に確固たるメカニズムもあると思うのです。

 

――人の感動のメカニズムを知りたい?

 

氷川 はい。しかし研究すればするほど謎は深まりますし、入り口を作るぐらいしかできないかもしれませんが、いつか誰かが「夢が発生するメカニズム」を、目や脳の構造など含めて、解き明かしてくれることに期待しています。
 それは「人間が何ものか」という本質に迫る作業であるとも思います。特に自分は通信技術者でしたから、感動を得るプロセスも、一種の通信プロトコルとして分析したいと思っています。その解析過程で、アニメと特撮はどの階層レベルで共通性があるのか、どこが異なるのか、本質が探求できるはずです。その理論は、たとえば3DCGになぜ「不気味の谷」が生まれるのか、手描きのアニメーションとの親和性はどこに限界があるのかなど、発展的に誰もが使えるデファクトスタンダードとなるでしょう。
 そもそも私が興味を持った作品の監督の方々にお話を聞くと、「人はなぜアニメで感動するのか?」という疑問を、みなさん一度は根源まで分解し、自分なりの理解と理屈で組み立て直している。分解もしないで他人の方法論に乗っているだけの人は、一流になれないと断言してもいいぐらいです。今日述べたようなすべての物事にも、実は共通性があると薄々感じていて、すべてに当てはまる統一理論的なものを見つけたい。それで今後は研究に大半の時間を割きたいのです。なかなか遠い道のりですが、尻尾ぐらいは見えてきた感じです。

 

――発表が待ち遠しいです。最後に、アニメの未来はどうなるのか、氷川さんの予想ないしは期待をうかがえるでしょうか。

 

氷川 自分はもう還暦を過ぎたので、そういったことを考える年齢ではないでしょう(笑)。未来は若者が作るものですから、意欲あふれる人たちの手助けになっていくのが、役回りですね。「なぜこうしないのか」「こうしなさい」と強制することはむしろ避けたいです。
 強いて言えば、アニメファンの国際化でしょうか。未来はそこが改善されてほしいですね。アニメは国境を越え、コスプレやイベントなど様々な国で盛り上がりを見せ、日本への来訪者も増えました。すでにアニメが持つ伝播力は、みんな知っています。ところが作品は国を越えているにもかかわらず、ファンは各国ローカルで集まって楽しんでいるだけ。ネットワーク化されていなくて、交流がまだまだ不足している気がします。アニメは国際言語性のようなものを持ち、言葉の違いを越えて海外でも日本と同じ感動のメカニズムが通用しているのに、海外のファンとは気軽に語り合えない。これはなぜなのだろうか? 常々、疑問に思っています。
 そういう理由で「クールジャパン」という呼称にも、かなりの抵抗感があります。アニメの経済効果だけに着目し、ビジネス主導で考えていたら長続きするはずがありません。アニメは作り手と受け手の気持ちの交流で成立する。そこにたまたま貨幣が乗っかっているだけ。私たちは何を作ってきたのか、それを使って何をしたかったのか。単なる平面の素材が、どんな奇跡を起こしてきたのか。きちんとした軸足を置き、根源から考え直さなければいけない時期が来ていると思います。

 

聞き手:高瀬康司、土居伸彰、構成:高瀬康司、高橋克則

 

氷川竜介(ひかわ・りゅうすけ)
1958年生まれ。明治大学大学院特任教授、特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)理事、アニメ・特撮研究家。東京工業大学卒。文化庁メディア芸術祭審査委員、毎日映画コンクール審査委員、東京国際映画祭アニメーション特集プログラミング・アドバイザーなどを歴任。文化庁向けに「日本特撮に関する調査報告書」「日本アニメーションガイド ロボットアニメ編」を執筆(共著)。主な著書に『20年目のザンボット3』(太田出版、1997年)、『細田守の世界――希望と奇跡を生むアニメーション』(祥伝社、2015年)など。

Related Posts