東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

知られざる中国アニメーション史(後編)
――中国人研究者が語る、動漫、万兄弟、現代の課題陳龑インタビュー


中国アニメーション研究の現在地


――また、アニメ・マンガがまとめて「動漫」と括られているように、中国でのアニメーション制作にも、マンガ家が関わることはあるのでしょうか。


 はい。第二次世界大戦後に上海美術映画製作所が設立されたときにも、アニメーション制作に参加したマンガ家はたくさんいました。たとえば『大暴れ孫悟空』の孫悟空や背景美術のデザインは、1930年代に最も有名だったマンガ家の張光宇(チョウ・コウウ)の手によるものが多いですし、『ナーザの大暴れ』は張光宇の弟子である張仃(チョウ・テイ)がキャラクターデザインを務めました。


――なるほど。より正確で詳しい研究内容は、博士論文を拝読できればと思います。完成が楽しみです。最後にあらためて、中国におけるアニメーション・マンガ研究の課題や、陳さんのご自身の展望についてうかがえるでしょうか。


 繰り返しになりますが、中国では2004年から、アニメーション史に関する研究プロジェクトを国家が支援するようになりました。しかし最初の中国アニメーション史の専門書は日本人の小野耕世さんが1987年に書いたもので、その後それ以上の成果はほぼありません。せいぜい「今年はこんな作品が出た」と時系列順に作品を並べたレポートがあるだけで、史学にはなっていません。
 作品論についてもレベルが低く、映画や文学を専門にした学者・研究者が、気まぐれでアニメーションについて書いた的外れなエッセイが大半です。


――そこは日本も同様の指摘がなされている状態ですね……。


 アニメーションに対する軽視が強すぎるという側面もあります。私自身、他の分野の学者・研究者にアニメーションの面白さや重要性を説明しても、まったく理解してもらえないことがよくあります。この状況を変えるには、世代交代を待つだけでなく、アニメーション研究の発展が必要だろうと考えています。
 マンガに関しては、アニメ以上に研究が進んでいません。中国ではアニメを観る人に比べて、マンガの読者は非常に少ないんですね。マンガ史もあるにはありますが、書き手は1930年代や1940年代にマンガを描いていた元マンガ家たちであって、美術史出身者はいません。内容もほとんどが経験談で、主観が強すぎます。中国の伝統絵画を強引に現代のマンガに繋げてしまう議論もよく見られます。そのうえ政治的な状況もありますから、中国のアニメーションやマンガを研究するには、海外に出なければ困難だという逆説的な状況が長年続いています。


――海外での中国アニメーション・マンガの研究は盛んなのでしょうか?


 はい。特にアメリカでは盛り上がっていて、来年2020年には中国アニメーションに関する大きな学会が予定されています。また日本にも、私のようにアニメ・マンガを研究するために訪れている留学生はたくさんいます。
 特に私は近年、研究活動と並行して、中国での「動漫」プロジェクトの企画・プロデュースにも関わっているんですね。その中であらためて、今新しい作品を生み出すためにも、偉大なる先人たちの表現や歴史から学べることが多々あることを痛感しています。私の研究が中国アニメーション史を振り返る契機となって、それがこれからのアニメーションを切り開く手助けになってくれればうれしいですね。
 それに私は、中国アニメーション史の研究を通じて、自国のアニメーションへの自信が増した面があるんですよ。たとえば初期における海外からの影響に関してはそれを認めてしまっても何ら問題がないと思っていて、中国アニメーションが輝いていた時期というのは、そうした模倣があったからこそ生まれたものだと思うんですね。当時最も先進的だったアメリカのアニメーション表現を模倣することは、高い芸術性を身につけるために必要な過程だったはずなんです。実際、『鉄扇公主』に絵柄や技術に関する模倣が含まれていても、そこに自分たちの表現と語りたいストーリーがあったからこそ、手塚先生など日本の観客にまで感動してもらえたんだと思います。
 本当に恥ずべきは、1990年代後半からの、理想なき模倣作品、劣化作品の数々です。日本のアニメが世界の中で先進的な今の時代、中国アニメーションはもう一度模倣から脱出し、独自の芸術性を獲得するべきだと思います。再び海外の観客にも感動してもらえる作品を送り出したい。その日は遠くないと信じています。

 

聞き手:高瀬康司、土居伸彰、構成:高瀬康司、高橋克則

 

陳龑(Yanner Chen)
1988年、北京生。2010年、北京大学ジャーナリズム&コミュニケーション学部卒業。北京大学在学中、「眼児」というペンネームでイラストエッセイを2冊出版する。2010年に来日し、2013年、東京大学大学院総合文化研究科にて修士号を取得。現在、同博士課程に在籍中。2012~14年の3年間、朝日新聞社国際本部中国語チームでコラムを執筆し、中国語圏へ向けて日本のアニメ・マンガ文化に関する情報を発信。また、日中アニメーション交流史をテーマとしたドキュメンタリーシリーズを中国天津テレビ局とともに制作。現在は研究活動の傍ら、中国の「動漫」会社で『京劇猫』や『阿狸』などのコンテンツ企画やキャラクタービジネスに関わる。

本記事に関連して、東アジア文化都市2019豊島 パートナーシップ事業として人形アニメーション作家、持永只仁と川本喜八郎のイベント(主催:NPO法人としま NPO推進協議会)が開催される。
8月1日(木)〜7日(水) 「川本喜八郎人形展 ふたつの三国志 項羽と劉邦
9月16日(月祝) 「持永只仁と、川本喜八郎 映画上映会&シンポジウム

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