未来への想像力を科学と感情が刺激する――
「マンガミライハッカソン」プレトーク
「マンガのシンギュラリティ」レポートいわもとたかこ
いかに感情を揺り動かせるか
マンガをはじめとするイメージを使った表現手法への期待は、研究者側からも寄せられている。人工知能とSFの関係を研究するプロジェクトに参加する明治大学の福地健太郎教授は「この先これまでのフィクションではとらえきれない新しいAIという側面が出てきたときに、どのようなフィクションが世の中に送り出されていればわれわれは幸せな未来像を描くことができるのか」を問題意識として持っている。
そんな福地氏は小沢氏や豊田氏の話を踏まえ「受け手の感情にどう訴えかけるかが外せないというところは、研究者側は見落としがち」と指摘した。庄司氏も「人間や社会と科学技術のかかわりを考えるときに、メッセージを伝えるなら人間がどう心を動かすかというところをもっと考えないといけないと思った」と賛同している。
これをすでに始めたのが、19年秋に始まった特撮番組『仮面ライダーゼロワン』。人間に乗っ取られたAIロボと人間の戦いを描いており、あるエピソードでは人間らしい気持ちを獲得して人を喜ばせるAIロボットを人間が倒すという関わり方を見せた。庄司氏は「ひとひねりきいたところで想像していく必要があるのかもしれない」という。
では人の感情を揺さぶる物語はどう生み出せるのか。これは世界中のクリエイターが日々追求していることで、一朝一夕に答えがでるものではない。しかし、荻野氏は「伝統芸能の中で、いろいろな感情を揺さぶる技法はいくつかある」という。そのひとつは見立てで「何かに見立てることで人は感情移入しやすくなる」とのこと。
福地氏もディスカッションの中で指摘した通り、世界で流通する物語には、高貴な出身の人物が世界をさまよう貴種流離譚、善が悪を懲らしめる勧善懲悪と、神話から現代の小説まで共通点がある。そこにそのときどきの人々の感情を動かす要素を取り入れていくことが求められているのだ。
この点はインターネット時代に世界展開を考えたときも変わらない。荻野氏は「通じる感情はどの国も同じで、しっかり理解したうえで出していくことが必要になる」とみている。荻野氏が一例としてあげるのは、シェイクスピアの作った演劇『ロミオとジュリエット』。もちろん欧米市場で何度も映画や舞台になった作品で、アジア圏では、1970年代に山口百恵主演の「赤いシリーズ」となり、これが中国でヒット。それを現代版にしたのが、日本でも流行する韓流ドラマだという。言語や表現方法の差はあるが、多くの人が求める感情の移り変わりは変わらないというわけだ。
中西氏は「ハイコンテクストの中に、ローコンテクストをどこまで織り込んでおくかがポイント」と指摘した。特に日本のマンガは独特の表現手法やコマ割りが発達した分、日本の文化や表現方法を共有していないと読み込むことが難しくなりつつある。そのなかで多くの読者が共通して理解できるものを組み込んでおくことが必要になっているのだ。福地氏も中国語圏発のSF小説『三体』が日本でヒットしたことを例にあげ、「フックさえあれば世界の壁は突破できる」と期待している。
コラボが作ってきたマンガの歴史
荻野氏がディスカッションで提示したように、手塚治虫はマンガ家を目指す人々にマンガではなく一流の映画、小説、音楽、本に触れることを勧めた。そもそも手塚治虫自身、医学部卒という専門知識と戦争体験に、宝塚歌劇やディズニー映画を鑑賞した経験を組み合わせ、自分の思いや考えを込めて数々の作品を生み出した。それはほかのマンガ家も同様で、そもそも現代のかたちのマンガの黎明期は、どのジャンルのマンガ家も映画や海外小説、神話や古典といったマンガ作品以外から創作のヒントを得て、想像力を膨らませていたのだ。もちろん科学も例外ではなく、それが豊かなマンガ表現を生み出してきた。「『あなたの想像力、どこまで飛べますか』大会」(豊田氏)であるマンガミライハッカソンは、そんな先人たちの取り組みを発展させてよみがえらせるものになるだろう。
文:いわもとたかこ
いわもとたかこ
1981年生まれ。2010年にマンガナイトに参加し、イベントの企画・運営や書評執筆などに関わる。本とマンガと芝居があればだいたい満足。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社、2017年)。
「マンガミライハッカソン」は、「国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(IMART)」プレイベントとして、2019年10月から11月にかけての3回にわたり開催。現在、参加者を募集中。
募集要項:https://culturecity-toshima.com/event/5239/