「高畑勲展」から考える(後編)
――美術館学芸員が語る、マンガ・アニメと展示鈴木勝雄+金澤韻対談
アニメーションをアニメーションだけで見せない
――展覧会はその場でしか体験できない表現形式ですが、他方で図録は後世にまで残ります。「高畑勲展」の図録は非常に充実したものでしたが、こちらはどういった考えで取り組まれたのでしょうか?
鈴木 まず高畑さんが遺した資料が出てきたので、その紹介はきちんと行わなければいないと思いました。今後の研究につながるものとして、文献リストも含め、われわれが拾えたものは網羅的に掲載しています。つまりは「高畑勲展」を開催する過程で見つけたもの、学んだことをコンパクトにまとめて、次の人たちに橋渡しする狙いですね。
――金澤さんはマンガ展のカタログに関して、どのようにお考えですか?
金澤 予算の問題も大きく関わってくるのでケース・バイ・ケースなわけですが(笑)、一番重要なのは、展覧会の記録としての役割だと思っているので、展示風景はできる限り入れるようにしています。また「高畑勲展」の図録のように、作家の略歴や文献リストなども可能な限り盛り込んで、次に「この作家の展覧会をやろう」と思った人たちへバトンを渡していくという気持ちもありますね。
鈴木 また展覧会によし悪しがあるように、キュレーターとデザイナーが綿密にやり取りをして作った図録は、ビジュアルイメージの強度が違ってくるんですね。優れた図録は、マンガやアニメをストーリーに添って読む体験とは異なる、作品が持つ別の力を感じさせてくれます。
――最後になりますが、マンガ・アニメの展覧会をめぐり、お二人が今後やってみたいこと、期待したいことを教えてください。
鈴木 今回の「高畑勲展」は、他のジャンルとの関係や、時代を切っていくことで、高畑作品がどういう位置づけになるのかを意識しながら作りました。今後もし再び、アニメーションを取り上げる機会があれば、近代美術館のコレクションにあるモダンアートや文学、ドキュメンタリー映画の歴史といったものと比較をしながら、アニメーションの位置づけを定めていくような展覧会にしたいですね。私は歴史家のスタンスで美術や表現に向き合っている人間ですから、複数のジャンルを横断することで、新しい歴史のパースペクティブが見えてくる展覧会が理想です。アニメーションをアニメーションだけで見せないことが、「高畑勲展」を経ての、これからの課題ですね。
また今回、東京国立近代美術館がスタジオジブリやNHKと協力をしたように、美術館やアニメーションスタジオ、フィルムアーカイブが、お互いを閉ざすことなく、共同研究する場が増えてくれることに期待したいです。
金澤 私もそれに心から同意します。日本のマンガを日本の観客へ向けて展示するときは、ファンのほうだけを向いていたり、そもそもそれが求められていたりして、横の広がりが軽視されがちです。しかしそういう展示だけを続けていくと、自分たちが生きてきた文化に対する関心を忘れてしまって、みんなが表面的な興味関心だけで分断されてしまうという危惧があります。
日本は近代に西洋美術をインポートし、そこにマンガやアニメなど一つのまとまったマーケットを持った文化が生まれてきました。美術館の役割というのは、そうした非常に混濁した日本の文化環境を捉えて、展覧会というかたちで示すことだと思います。美術研究、引いてはすべての研究の目的は「私たちが何者なのかを知りたい」ということのはずですから。
聞き手:高瀬康司、土居伸彰、構成:高瀬康司、高橋克則
鈴木勝雄(すずき・かつお)
1968年生。東京大学大学院修士課程修了(美術史)。1998年より東京国立近代美術館に勤務。専門は日本および西洋の近代美術・現代美術。同館で担当した企画展に、「ブラジル:ボディ・ノスタルジア」(2008年)、「沖縄・プリズム 1872‐2008」(2008年)、「実験場 1950s」(2012年)、「Awakenings: Art in Society in Asia 1960s–1990s」(2018年)、「高畑勲展 日本のアニメーションに遺したもの」(2019年)がある。
金澤韻(かなざわ・こだま)
1973年生。東京藝術大学大学院、英国王立芸術大学院大学修了。熊本市現代美術館、川崎市市民ミュージアムを経て、現在はインディペンデント・キュレーター/十和田市現代美術館学芸統括。近年の企画に「ラファエル・ローゼンダール:寛容さの美学」「毛利悠子:ただし抵抗はあるものとする」(共に十和田市現代美術館、2018年)、「Enfance」(パレ・ド・トーキョー、パリ、2018年)など。共著に『マンガとミュージアムが出会うとき』(臨川書店、2009年)。