東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

電子化の波とともに変革期を迎えた
2010年代漫画産業(前編)菊池健インタビュー

漫画アプリによって起きた“民主化”


――「クリエイター支援」に関わるビジネスが増えた要因はなんでしょうか?


菊池 2010年代以降、漫画を発表する場が劇的に増えたことが理由だと思います。紙媒体がメインだった00年代までは、出版社やアニメ制作などの周辺産業以外のプレイヤーが漫画業界に参入できる余地はほぼなかった。「トキワ荘プロジェクト」が入り込めたのは、住宅支援というそれまでにないアプローチを取ったからであって、ほかの新規参入は目立つところでは漫画を描くためのデジタルツールを取り扱うメーカーぐらいだったと思います。
 状況が大きく変わったのは2013年です。ガラケーからスマホへの移行の流れを汲んで、複数の漫画アプリのサービスが始まったんです。まず10月には「comico」、12月には「マンガボックス」「GANMA!」と、現在最も影響力を持つアプリが続け様に登場しました。その頃には、スマホで漫画が読まれる未来がやってくることは誰の目にも明らかでしたが、出版社自らのアクションはまだだったため、ゲーム系やネット広告系の会社が先に動き始めたわけです。


――漫画アプリの登場によって何が変わったのでしょうか?


菊池 大きな変化の一つは、実は漫画が紙からデジタルになったこと“ではなく”、新人漫画家の発掘方法だと私は考えています。
 先ほどもお話したように、漫画家になるには新人賞に応募するか、編集部に持ち込みをするのが主流でした。しかし漫画アプリの多くは、誰でも作品を投稿できるインディーズのコーナーを用意していて、これが持ち込みと同じ役割を果たしたんです。もしインディーズで評判がよければ、そのまま連載につながるので、投稿する側も自分の作品をどこに載せるのか取捨選択するようになる。これはインターネットによる“民主化”と呼んでもいいでしょうね。漫画アプリは漫画家の発掘という、ビジネスにおける「仕入れ」のセクションにイノベーションを起こしたんです。


――新たな発掘方法が切り開かれ、それとともに漫画家志望者の意識も変化したと。


菊池 はい。またそうした状況の変化に対応して、とてもクレバーな若者が増えてきた印象がありますね。というのも、漫画家デビューしていない状態から、ポートフォリオを組んでいたりするんですよ。つまり漫画家をめざす、漫画だけで生計を立てることはリスクが高すぎるからと、デザインなど隣接分野の仕事をやりつつ、宣伝漫画やイラストの仕事を請け、SNSのフォロワーを増やす活動も怠らない、といったように。


――今「宣伝漫画」のお話が出ましたが、これについてもご解説いただけるでしょうか。


菊池 一言でまとめれば、商品を紹介するための漫画です。たとえば新しく出る洗濯機にどんな機能が備わっているのかを、宣伝目的でわかりやすく紹介するような漫画です。ただし昔は、クライアントの考えた文章に絵が添えられた程度のもので、単価も安かったため、一線級の漫画家はやらない仕事でした。
 しかし、これがインターネットの普及によって大きく変わりました。というのも宣伝漫画の本来の目的に立ち返って考えてみると、本当に大事なのは実際に商品を買ってもらうことであって、機能についてこと細かに知ってもらうことではないですよね? 漫画を読んで「何か気になるな」と思って、商品の詳細ページをクリックして注文してもらうことが宣伝としての成功です。


――つまり説明的なイラスト付き解説文ではなく、商品に興味を持ってもらえる面白い漫画を描く必要があると。


菊池 そうです。単に商品内容を説明するだけではなく、Web広告全体のクリエイティブとしての重要な部分に漫画が入るようになった。漫画はSNSとの接点が強いため、SNS上のプロモーションが多様化するほど存在感を高めているんです。その結果、従来の宣伝漫画と比べて、きちんと商品について学び、どういう見せ方をすれば効果的なフィードバックを得られるのかを考える能力が求められるようになり、説明よりも物語として面白く見せるという、クリエイティブな側面が強くなる。だからギャラも、ページ単価の単純な原稿料ではなく、予算の大きい宣伝広告費の枠からクリエイティブ費として出るケースが増えました。さらにそのための広告プランをクライアントに提案できるようになれば、今度は広告企画そのものやシナリオの段階から声がかかるようになり、さらに稼げるようになっていく。これを作家単独ではなく、エージェントとともに行うケースが増えています。
 もちろん、宣伝漫画はストックができないビジネスで、いくら面白い作品を書いても宣伝期間が過ぎたら終わってしまいますから、従来の単行本をたくさん出していくロングテールのビジネスとは異質なものです。ただ自分の作品で漫画家デビューを目指す過程で、宣伝漫画で十分に稼ぎながら腕を磨くような器用でクレバーな若者が増えているとは感じますね。

 

聞き手:山内康裕、高瀬康司、構成:高瀬康司、高橋克則

 

後編へつづく】

 

菊池健(きくち・たけし)
1973年生。マスケット合同会社代表、漫画レビューサイト「マンガ新聞」ディレクター、トキワ荘プロジェクトアドバイザー、NPO法人HON.jpアドバイザー。漫画家支援の「トキワ荘プロジェクト」に7年間従事し、新人漫画家に安価な住居を提供しつつ、『マンガで食えない人の壁』等書籍制作、イベントや勉強会等を開催、新人漫画家支援というジャンルを構築した。かたわら、京都国際マンガ・アニメフェアの立上事務局メンバーとなり『まど☆マギ』生八ッ橋などの商品開発なども行う。京まふマンガ出張編集部、京都国際漫画賞なども立ち上げた。現在は、「マンガ新聞」を運営。IMARTではカンファレンス スペシャル・アドバイザーを務める。

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