東アジア文化都市2019豊島マンガ・アニメ部門スペシャル事業

マンガ・アニメ3.0

「“マンガのマンガ”ができるまで松田奈緒子×山内菜緒子
『重版出来!』スペシャルトーク」レポート松田奈緒子+山内菜緒子

雑談から生まれる希望


――お互いの意見を言いながら作品を作っていったんですね。


山内(菜) でも打ち合わせはほぼ雑談なんですよね(笑)。


松田 あそこの店はおいしいとか……(笑)。


山内(菜) ご近所に新しくできたお店がどうだったとか……。マンガ家さんとの打ち合わせは、「最近こんなニュースがありましたよね」「あの人の発言にビックリしました」といった雑談から、物語の種ができていくことが多いんです。だから松田さんとの打ち合わせも、出版業界に関する不平などを言っているうちに(笑)、最終的には「こうしたら希望が湧くんじゃないか」という方向にいくことが多いですね。


――『重版出来!』の前向きになれるエピソードは、そんな風にできあがっていったんですね。


松田 私、3月11日の頃、暗いマンガが読めなくなってしまったんですよ。それまでは私自身、暗いマンガを一生懸命描いてきたんですが……幸せな気持ちになってもらうようなマンガを描きたいなと思うようになったんです。そういう心境の変化もありました。
 でも『重版出来!』を描いてみてわかったんですが、明るくて前向きな話のほうが、毒が効くんです(笑)。暗い話よりも、明るい話にちょっとだけ毒を入れたほうが刺さるんです。よく光が明るければ影が濃いと言いますが、メジャーなマンガのよさはこういうところなんだ、というのも『重版出来!』に教えてもらいましたね。


――メジャー誌らしい真っ直ぐさは山内さんも狙っていたのでしょうか?


山内(菜) 松田さんにはじめてお仕事をしていただく前に、「私のマンガのどこがいいと思ったんですか?」と言われたことがあったんです。私はもともと、『重版出来!』の見開きにあるような、松田さんの書かれる熱いセリフが好きで。松田さんご自身は、自分の過去作は暗いとおっしゃるのですが……。


松田 ネトネトしてるなと(笑)。


山内(菜) でも前向きになれるようなエッセンスはところどころにあって、その決めゼリフがすごく刺さるんですよ。だから「こういった部分を前に出せれば、松田さんの違う魅力が見せられるに違いない」と、編集として思っていたんです。青年誌に器を変えれば、これまでとはまったく違うキャラを生み出せるんじゃないかなと。松田さんもすべてを吸収する真綿状態で向き合ってくださったので、そこがピッタリとハマりましたね。

ドラマが終わった寂しさ


――『重版出来!』は2016年にTVドラマ化されましたが、そのときのお話もうかがえますか?


松田 ドラマに関しては、小学館さんが映像化に関する豊富なキャリアをお持ちなので、決定はすべてお任せしました。


山内(菜) 映像化の場合は最初にプロデューサーさんから企画書をいただきます。小学館の場合はクロスメディア事業センターという映像化のセクションがあって、いくつかいただいた企画の中から、そこの担当者と一緒に相談しながら進めていきました。
 自分たちの業界が映像化されるに当たって、主人公が六本木あたりのすごくおしゃれな高層マンションで生活しているとか(笑)、もちろんそういった人がいてもいいんですけど、『重版出来!』の世界はそうではないので、「きれいな美術を作りたいがためだけに、そういうことはしないでください」というようなことは、相手のプロデューサーさんにあらかじめお伝えしていました。
 結果的には感触が合ったのが、TBSさんと制作会社のC&Iエンタテインメントさんで、実際、緑山スタジオにマンガ家さんの仕事場のセットが組まれたのを最初に見たときは、「本物の仕事場を移設したんじゃないの?」と思うぐらいだったんです。空気感がすごく出ていたんですよ。


松田 すごかったですね。ちょっとヤニ臭い気がしました(笑)。


山内(菜) そうなんですよ(笑)。編集部を再現したセットの美術もすごくて、壁のポスターや本棚のいろんな単行本、雑誌の表紙などを、一つひとつオリジナルで作られていたりして。スタッフの方々には約4ヶ月の撮影期間で、本当にいいもの作っていただくことができました。私は設営のときからずっと見させていただいた分、クランクアップのときは祭りが終わってしまうような切なさがありましたね。


松田 私の寂しさも聞いてもらえますか?(笑) この話ははじめて言いますけど、ドラマ最終回の撮影にお邪魔して、そのパーティーシーンでクランクアップの俳優さんが多かったんですね。そこで順番に、「○○役の○○さん、クランクアップです。ありがとうございました」と役者さんがお花を受け取り、一言ずつ話してくださるという流れがあって。それを見たときに、自分が描いていたマンガのキャラクターに肉体と声を与えてくれていた方々が、お役を葬っているような気がしたんです。ついさっきまで伯や五百旗頭だったのに、お花を持って「ありがとうございました」と言った途端、まるでお墓の前にお花を置いているように見えてきて。「もう私たちはこの人に会えないんだ」と、すごく寂しくなったんです……。まあDVDを見ればいつでも会えるんですけど(笑)、終わったあとの喪失感はすごかったですね。


――素晴らしいチームだった分、余計にそうだったわけですよね。


松田 そうなんですよ。大人の人たちがいっぱいいて、みなさんがんばってくださって、いい作品ができて、祭りのように思えたんですよ。演じてくださった俳優さんたちの姿をテレビや舞台で見ると、今でもすごくうれしくなりますし、スタッフさんや関係者のみなさんにもとても感謝しています。みなさん、本当にすばらしかったです。

 

司会:山内康裕

 

 

松田奈緒子(まつだ・なおこ)/マンガ家
長崎県生まれ。7年のアシスタント生活を経て、27歳の時に『ファンタスティックデイズ』(集英社「コーラス」掲載)でデビュー。代表作に『レタスバーガープリーズ. OK, OK!』『えへん、龍之介。』など。2017年、『重版出来!』で第62回小学館漫画賞一般向け部門受賞。『重版出来!』は中国・韓国でのTVドラマ化も決定している。


山内菜緒子(やまうち・なおこ)/マンガ編集者
秋田書店を経て小学館入社、「ヤングサンデー」編集部配属。2008年、「ヤングサンデー」休刊にともない「ビッグコミックスピリッツ」編集部に異動。担当した作家はいくえみ綾、金城一紀、さだやす、竹良実、西村ツチカ、灰原薬、深見真、松田奈緒子、ゆうきまさみなど多数。2013年夏には小学館ビルの移転にともなう「ありがとう!小学館ビル ラクガキ大会」の企画なども行った。

東アジア文化都市2019豊島 マンガ・アニメ部門 スペシャル事業「マンガのマンガ展 〜過去と現在、描き手と読み手〜」が、2019年11月24日まで豊島区役所本庁舎 4F まるごとミュージアムにて開催されている。同じく11月24日までジュンク堂書店 池袋本店にて「特別企画 inジュンク堂書店 池袋本店「出張マンガのマンガ展」」を開催中。


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